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 まだ日が出てすぐの薄暗い町の中を走っていた。近所の公園をぐるっと周って戻って来るお決まりのコースだ。この公園は城の跡地につくられている。自然が多く空気が澄んでいて、走るのにもってこいだ。  家を出る前に確認した天気予報は今日も快晴。  エヴァンを襲っていた人たちから追われているかもということもすっかり忘れて、休みを満喫していた。  昨日一日でなんとかエヴァンを泊められるだけの部屋に整えられたし、今日は何をしようかななんて呑気に考えながらランニングを楽しんだ。  数十分後に家に戻り、シャワーで汗を流した。エヴァンはまだ部屋に居るようで、それでも玄関に並んだ革靴や脱衣所にあるエヴァンの服に、一緒に住む人がいるんだなってほっこりとした。  昨日の残り物で朝食を済ませ、洗い物もさくっと終わらせる。  まだ日は高くないからと、庭に出てホースを伸ばし、庭の草花に水をかけた。ばあちゃんがいた頃のまねで水をまき、雑草をとってってそれくらいの世話しかできていない。なんとか綺麗なままでとどめておきたいけれど、やっぱりばあちゃんがいた頃のほうがきれいだったなと思う。 水を止めに振り向くと、縁側のあたりにエヴァンが座っていた。日差しを避けて日陰になってるとこに座っている彼と目があった。  ぼんやりと遠くを見つめるような目。どこか暗くも見える表情に胸がざわついた。 「おはよ、エヴァン」  水を止めて彼の側に行く。 「おはよう」  掠れた低い声でそう返してくれた。 「今日もいい天気できもちいいね」  太陽の光を浴びながらぐーっと伸びをしてみせる。 「そう、だな」  エヴァンは眩しそうに目を細めた。  昨日、日の下に出ても大丈夫そうだったけれど、やはりヴァンパイアは日差しは好きじゃないのかもしれない。 「ごはん食べる? 昨日の残り物しか無いけど」 「いや、まだ胃に違和感があって」 「じゃあやめとこうか、大丈夫?」  サンダルを脱いでエヴァンの方を向いて縁側に座る。 「あぁ」  そんなに彼を知っているわけではないけど、今日はやけに口数が少ない気がして、その表情の乏しさも相まって気になってしまった。  昨夜、ベッドで話したときもこんな顔をしていた気がする。  エヴァンは、そんなに感情表現が多い方でもないから気にし過ぎも良くないのかもしれないけれど。 「洗濯回すけどエヴァンの服も一緒に洗っちゃっていい?」 「いいのか?」 「うんっ、もちろん」 「なにからなにまですまない」 「いーえー」  エヴァンのことを気にしつつも、どう切り出したらいいのかわからず取り敢えず溜まっていた洗濯ものを回した。  洗面所から戻るとまだエヴァンは外を眺めていて……。  そういや服や日用品は届いていたけれど、荷物は全部届いてないようだったし、暇なのかな?  思い立って歩いていき、隣に座ると彼がこちらをみた。 「天気もいいしどこかお出かけする?」  俺の提案に少し驚いたように目を見開いて、エヴァンはまた視線を庭に戻す。 「いや……」  返事はそっけなかった。 「じゃあ映画とか見る? テレビで見れるんだけど」 「……」  困ったように視線を伏せる。 「あ、本……俺の持ってるのも見てみる?」  「お前の?」  本の話題を出すと俺の方を向いて少しだけ目に光が灯るようで。  あ、これだって嬉しくなる。 「うん、好みのあるかなー。見に行こ!」  立ち上がって腕を引いて、自室に連れて行く。エヴァンは黙って俺に続いた。  俺の部屋にはベッドと勉強机と本棚、服に帽子、それから筋トレ用のダンベルやヨガマット、広くはないけど、住み始めて6年も経ってすっかり馴染んでいる。  部屋に入って左手の本棚の前に連れて行く。小説――話題作のがほとんど――とトレーニングに関する本と栄養管理についての本が数冊ずつ、残りの半分以上は漫画で占められていた。 「どう? 気になるのあるかな」  エヴァンは興味深そうに漫画を一冊引き抜いた。 「いいね、『クロノ陰陽師』めっちゃおもろいよ!」  エヴァンが手に取ったのは俺もかなり気に入っていて今のところ出版されている30巻、全巻を買い揃えている作品だった。  『クロノ陰陽師』通称クロオン。今若者を中心に絶大な人気を誇っている少年漫画だ。現代東京を舞台にした陰陽師タイムリープものという実にコテコテな設定なのだが、手に汗握る時空を移動しながらの戦闘シーンや感情移入を誘う描写に、主人公「蓮」の諦めない姿勢が胸を打つ名作漫画だ。  エヴァンはぺらりとページを捲る。  高校に入学したばかりの蓮がトラック事故をきっかけに平安時代に飛ばされる――そんなシーンがテンポよく描かれている。 「…………」  平安の都でさっそく妖怪退治することになる、実は陰陽師の父のもとで育った蓮。あぁ、このシーン何度も読んで覚えちゃってるななんてひとりテンション上がってしまう。  なかなかページが進まなくてもどかしくてエヴァンを見ると、彼と目があった。 「……?」  少年向け漫画だし子供っぽかっただろうか? なんて思いつつ首をかしげて見せる。 「……どう、読むものなんだ?」 「どう?」 「絵があって文字があって……ここから左に?」  指で指しつつ言うエヴァンの言葉にやっと理解できた。 「エヴァンもしかして漫画読むの初めて?」  こくんと頷くのをみて、ちょっとうれしくなった。  エヴァンの初めてゲットだーって、馬鹿らしいけれど。 「じゃあ一緒に読んでいこう! まずここ右上のコマから左に」 「こま……って」 「あ、この四角い枠わかる? これがコマ」 「あぁ」  思ったよりも興味津々で、漫画に釘付けになる姿に胸を打たれる。  1巻の半分くらいまで読み進めた頃には、俺が指で辿らなくてもすらすらと読めるようになっていた。  そのタイミングを見計らったかのように洗濯機の止まった音が響く。 「あぁ、いいとこなのに……。俺、洗濯物干してくるから読んでて!」 「それなら俺も」 「いいよいいよ、こっからいいシーンだし!」  立とうとするエヴァンを制してひとり洗濯機のある洗面所にむかった。

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