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慌ただしく出会って、いきなり……いろんな過程をすっとばしてしまって、それでも仲良くなれそうなきっかけが見つかってよかったなと一人にやついてしまう。
洗濯かごに洗った服を投げ込んで、鼻歌なんて歌いながら縁側から外に出た。
だいぶ朝よりも日差しが高くなり、この分ならすぐに乾きそうだ。
初夏の陽気に浮かれながら洗濯物を干していく。エヴァンのシャツに季節外れのニット、皺にならないように丁寧にハンガーに掛けていく。
「レオ」
エヴァンの下着はボクサーか……、なんて一人で盛り上がっていると、突然声を掛けられて身体が跳ねた。
振り返ると縁側まで来ていて、慌てて下着を後ろ手に隠して彼の元まで向かった。
「ど、どうしたの?」
「これ、鳴ってたぞ」
エヴァンの手にあったのは俺のスマホだった。思えば昨日も慌ただしくしていて、今朝も走りに行ってのんびり過ごしてしまい、こいつの存在を忘れていた。
「わぁ、ありがとう!」
何より気にしてくれたのが嬉しくてつい頬が緩む。
スマホだけ渡すとエヴァンは戻っていった。
すぐに通知を確認するが幸いにも仕事の連絡は無く、友人からの連絡が数件、それと――。
「あ、三浦さんから」
三浦さんはゲイ向けの出会い系サイトで知り合った人で、既に数回ご飯や映画などに出かけていた、相性悪くなさそうだなって思っていた人だった。
『また食事どうかな?暇な日あったら連絡ください』
『いつも返事早いのに…なにかあった?』
『渡辺くーん!』
なんてメッセージやスタンプが送られてきていた。
三浦さんは5歳年上の30歳で大人っぽく顔立ちも整っている上に、物腰柔らかで性格も難なしというかなり理想的な男性だった。正直このまま付き合うのかなって思っていた。なんとなくそういう流れだから、そうなるんだろうなって。
「すぐ返信できなくてごめんなさい……ちょっといろいろあって、と」
送信ボタンを押して、それからまた洗濯物を干していく。
いい人で悪いとこも全然ないのに、エヴァンを思う気持ちとは似つかないくらい、三浦さんへの気持ちはあっさりしていた。
もしかしたら、エヴァンへの気持ちはあまりにも衝撃的な出会いだったからなのかもしれない。
それに絆されているだけなのかも。
客観視したら、人に追われ襲われるようなヴァンパイアとごく普通の優しい男性だったら、後者のほうがいいだろって思う。
そう思いつつも、胸を締め付けるなにかに戸惑っていた。
数分もたたないうちにまた通知があった。
『何事もなくてよかった。あまり心配させないでよね!』
三浦さんからだった。泣くのを堪えてるような猫のスタンプも送られてきていた。
『心配かけてすいません!』
と送るとまたすぐに返信。
『また、会ってくれる?』
胸がずきんと痛む。
『はい、もちろん』と答えるべきなんだと思う。
でも思いとどまってる自分がいる。
「レオ」
エヴァンの低い声で名前を呼ばれて心臓が跳ねる。
縁側で、彼は漫画を手に立っていて、俺は慌ててスマホの画面を消してポケットに押し込んでいた。
「ここ、どの順番で」
「……あ、それはね」
駆け寄って教えると、その場でエヴァンは窓辺に背を向けて座りこみ、また読書に戻っていった。
彼の寝癖がついたままの黒髪が風に揺れて、丸められた大きな背中に釘付けになってしまう。
ぱっと、また振り向くエヴァンと目が合う。
朝よりもずっと気分が良さそうで、その闇に沈みがちな瞳もきらきらとしていて、じわっと心の奥があったかくなった。
「またわからないとこ?」
「……あぁ」
縁側に腰掛けて彼が開く漫画を覗く。
孤独に生きて戦ってきた陰陽師の神楽が主人公の蓮と仲間になるシーン。幼少期に事故に巻き込まれて目の前で友人を失ったというトラウマを抱える蓮と孤高の神楽が初めて共闘するこの場面は、過去の苦しみを乗り越えようとする姿が健気で泣ける。今後の彼らの熱い友情を知ってると余計に涙腺にくるんだよなぁ。
「ここは過去の回想も混じってて、で、ここ、次はこっち」
俺の指の動きに合わせて視線を向けて、真剣に読み進めるエヴァン。
食い入るように読んで、そして、最後のシーンで深く息を吐いた。
「いい話だな」
エヴァンの満足げな声色に、最近あったどんなことよりも嬉しさを感じていた。
「でしょ!」
思わずはしゃいでしまって顔いっぱいに笑顔になってしまう。
風で揺れる髪を耳にかけて、優しく微笑むエヴァンの表情に釘付けになる。
あぁやっぱりこの人が好きかもって、そう思っていた。
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