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◆エヴァン
慣れないことはするもんじゃないと思った。
『すき、だいすき……』
耳元で繰り返される言葉に自分の仕出かしたことの愚かさが身にしみた。
ヴァンパイアの魔力は本人の意志に関係なく否応なしに発情させられる。
とは言え、本人の意志は0になるわけではなく、怖がって嫌がる相手も見てきた。
今回だってそう、無理に身体の自由を奪って怯えさせれば、少しは恐怖や不快感を抱くだろうと思い咄嗟に身体が動いていた。
『嫌じゃなかったら、ずっとここにいてよ!』
もしかしたら彼の言葉に怖くなったのは俺の方なのかもしれない。
自分から切り離していた人の温もりや愛情や親切心に触れるのが、あまりにも久しぶりのことだったから。
レオがお節介で無鉄砲な男だと、あの夜から知っていたはずなのに。
好意を抱いていることに薄々とは気付いていたはずなのに。
無理やり熱に浮かれさせ、彼の想いを利用するような、踏みにじるようなことをしてしまった。
彼に求められる瞬間の幸福感がより一層罪悪感を掻き立てた。
あの男の恨みの籠もった眼差し以上に。
「も……だだ、大丈夫だってばぁ!!」
「立てないんだろ?」
「そ、そうだけど、ちょっと落ち着いたら……って、わ!」
まだ魔力の余韻で自由の効かないレオの脇と膝裏に腕を通し抱えあげる。あわててぎゅっと俺の首にしがみつき、先ほどにも増して赤くなる姿に、少し笑ってしまった。
さっきまであんなに大胆に強請ってきていたというのに。
「お、重いからいいのに……」
彼の言葉を聞き流してバスルームに向かった。
一旦床におろして彼の体液で汚れた服を脱がせていく。
腕や足に日焼け跡があり、地の白さと小麦色の肌との対比がきれいだった。
恥ずかしそうに俯く彼からぐっちょりと濡れた下着を剥ぎ下ろす。
素っ裸になったレオの横で俺もトレーナーとスウェットを脱いでTシャツと下着一枚に。
「や、やっぱいい、よ……はずかし、いから」
足と手で隠しているがまた彼自身が形を持ち始めているようで、レオはぼそぼそとそういった。
「俺が悪いんだ、あんな短絡的に噛んだりして」
「エヴァンは悪くないよ! 俺がその、へんなこと口走ったりしたから」
「それは違う。レオが悪いことなんて」
「ずけずけ家族のこときいちゃたり、ずっとなんてよく考えもせずに……」
珍しくしょんぼりし始めるレオにどう言葉をかけていいのかわからずそっと抱きしめた。
おずおずと背中に手を回して首筋に頬を寄せるレオに愛おしさがふつふつと湧き出す。
本当はこうして抱きしめるだけで良かったのかもしれない。
身体の力が抜けた隙に腿を掴んで抱き上げた。
「わ、ぁっ」
肌が密着して腹部にもろにレオの昂ぶりが触れる。
気付かないふりをして浴室に連れて行った。
シャワーを捻り、お湯を全身に受けながら、レオはなにも言わずに身体を預けていた。
「熱くないか?」
「う、うん」
対面で膝の上に載せたまま、ボディソープを泡立て身体を撫でるとぴくりと反応して吐息を漏らす。
「っ、ふ……んぅ、ぁっ」
細身な割に筋肉のしっかり付いた腹筋や脚をなでて、手で隠していたレオの屹立に触れる。
「あぁ、えゔぁ……ふぁ」
縋り付いてくるレオの喘ぎ声が浴室に響く。
肩や鎖骨にキスを落とすとくすぐったそうに身を捩る。
「エヴァ、ン……あ、ふ……すき」
耳元でまたそんな甘えた声を出されるとたまらなくなり、彼の唇を塞いだ。
舌を絡めて、優しく吸い付くとびくりと身体を揺らすのが可愛いらしくて。
俺の方まで熱に浮かされたように興奮して、行為に没頭していた。
「……っ! んんっ……んぅ」
苦しそうに息を詰めて、精液が溢れ出す。
唇を離すと、荒く息を吐くレオの姿に目を奪われた。
潤んだ瞳に紅潮する頬、恍惚とした表情により一層、興奮を掻き立てられた。
何度目かの射精の疲労感でぐったりと身を預ける泡だらけのレオの身体をシャワーで流していった。
寝てしまいそうなレオを持ち上げてシャワーを出ると身体をバスタオルでつつみ一度床に下ろした。
流石に濡れたTシャツや下着のままうろうろするわけにはいかなくて脱いでいき、軽く拭いて腰にタオルを巻いた。
次はレオをと思って顔を向けると、俺を凝視して真っ赤になっていた。
「あ、えと……俺ばっかりしてもらって、エヴァンもそんな、だとは……」
ごにょごにょと濁すから何事かと思い、近くに行きしゃがみ込むとレオの視線が下る。
そろそろと手を伸ばして俺の股間に触れようとする手を掴み取る。
「くるしくない? お、俺でよかったら」
「気にするな。身体しんどいだろ」
すぐそうやって人のことばかりを気にする……。
レオの言葉をスルーして、タオルを奪い取ってわしゃわしゃと彼の頭を拭いた。
「ごめん、俺、自分でいっぱいになっちゃって……」
また、そんな風にいじらしい言葉を口にするものだから、ついため息が漏れた。
今回だって襲われたようなもんなのに、ここまで来るとわざと言ってるのかとすら思えてくる。
「お前は俺に無理やりそういう気分にさせられたんだ、わかるか?」
まっすぐ彼の栗色の瞳を覗き込むと、レオは黙って頷いた。
「だから俺を非難することがあっても、レオが悪いなんてことはない」
「お、俺がなんか不快にするようなこと口走って、とか」
「それも違う。俺がただ……」
しょんぼりするレオの顔を見たくなくて、こつんと彼の額に自分の額を合わせた。
「前もすこし話したが、100年程前にある男の血を吸ったことがある。とある事件に巻き込まれて……俺はもう何日も血にありつけずに飢餓状態だった」
やっとの思いで監禁されていた場所を脱出し初めに出会ったのは、カトリック教会の神父だった。彼は倒れていた俺を介抱しようと努め、献身的な清廉な男だった。生涯独身を貫くにはもったいないくらいの容姿も印象的だった。
1日、2日と様子を見ても一向に良くならない俺を怪しんで、とうとう彼から切り出した。
”君、ヴァンパイアなんだろう”
過去に遭遇した経験があるらしく、俺の様子を見て見抜いていたらしかった。
差し出されるままに、その血を飲ませてもらったまでは良かったが、その献身的な姿と極限の渇きを癒せた高揚感から、あろうことか俺は彼に手を出そうとまでした。
その時はまだカトリック教徒だとは知らなかったし、あまりにも彼が美しかったのもあった。それに、その当時もやはり吸血はほとんど経験がなく魔力の加減が効かなかったのもある。
神父は、魔力の効きが強いときはされるがままに乱れていた。
だが次第に自我を取り戻し、後悔と恐怖を滲ませ、俺をまるで悪魔だとでも言うように睨みつけていた。
”触れるな! け、獣!”
”あぁ、神よお許しを……”
俺は生きるために血を吸い、そのお礼にとでもいう軽い気持ちだった。
ただ、酷く恨まれて生きてきた俺でも、あの目は忘れられない。
もう二度と吸血などするものかと誓ったほどだった。
「一時は誓った思いもすっかり風化して、また同じことを繰り返している始末だ。あまりにもお前が俺を安全で弊害のない存在だと思いこんでいるから、危機感を持たせたいからとこんなことに頼って、お前を傷つけた」
レオは真剣な眼差しで最後まで聞くと、ふるふると首を振った。
「俺はエヴァンに傷つけられたなんて思ってないよ」
あまりにもその視線が真っすぐでいたたまれなくなる。
「魔力の効能で、そう錯覚しているだけだ」
レオの腕が伸びてきてぎゅっと抱きしめられる。
「大丈夫だよ。そのときは人を傷つけて失敗しちゃったとしても、今は違うから」
彼の温もりに、忘れていた感情がまた湧き上がるようで……怖くて気づかないふりをして遠くに押しやる。
「大丈夫」
そう何度もなんども繰り返して俺の背中を撫でて、気付くと抱きついたまま寝息を立てていた。
味わったことの無いような温かみに縋りつきたくなるのを堪えて、しばらくそのまま身を預けた。
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