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幕間 ハンバーグ
朝、テレビをつけると名店のハンバーグの映像が流れ出した。
最近話題になっているらしいハンバーグ専門店。デミグラスにおろしにカレー……次々と映し出されるメニューの数々を眺めながらプロテインを飲んでいく。
昨日の情事のお陰でだいぶ身体が参ってしまい、いつもより起床時間が押してしまったから仕方ないのだが……。いくらなんでもあさイチでこんな美味そうなの見せるって、おい……。
これがいわゆる飯テロかと思いながらテレビを消した。
「ふぁぁ……」
朝6時。もう家を出ないと間に合わないと気合を入れて外に出て自転車にまたがり職場へ向かった。
昨日の雨はどこへやら、今日はいい天気になりそうだ。
仕事をしているうちに、あっという間にお昼になった。
「あれ、渡辺くん今日はお弁当じゃないん?」
「あー、そうなんです。寝坊しちゃって」
「ほぉん、珍し。なんやお楽しみやったんか? なんてな」
同僚の基村 さんは、そういうとガハハと豪快に笑って見せる。内心ドキッとしながらも愛想笑いを返す。
「よっしゃ、じゃあつきおうて貰おか、飯いくで飯~」
肩をガッツリ掴まれ、近所の定食屋さんに向かった。学生時代も含め、数回来たことがある店だった。和食系が美味しくて有名なのだが、昔ながらの洋食も捨て置け無い。
「ハンバーグ定食で」
と、意気揚々と言うと注文を取りに来た女将さんがあらと眉を潜めた。
「ごめんなさいねぇ、今日の分でちゃったのよ。なんでか今日、注文多くって」
「あ、そ……そうなんですね」
これがテレビ効果かと、内心がっかりしつつ、基村さんに推されて生姜焼き定食で昼食を済ませた。
心配を他所に何気ない会話で終わった昼食の後、思い立ってエヴァンに電話を掛けた。
「あ、もしもし?」
「あぁ。どうした? 何かあったか」
「えっと実は、その、晩御飯のことでね」
昨日の事もあって多少緊張もあったが、電話越しなのもあって思ったよりも平常心で話せてホッと胸を撫で下ろした。
「どうしてもハンバーグ食べたくて……冷凍の方にひき肉あったはずだから、冷蔵庫に移動させてほしくて」
「わかった、みてみる」
こんなことを頼るのは忍びなかったが、もはや今日はハンバーグ無しで締められないくらい食べたくて仕方なかった。
「豚ひき肉……あった」
「それを冷蔵庫の方に移してくれたら帰る頃には解凍できてると思うから」
「あー、なるほど。入れておいた」
「ありがとう! まじで感謝! いきなりごめんね、こんなこと頼んじゃって」
「いや、平気」
電話越しにもくすりと微笑むのがわかる。
「じゃあ、また夜にね。ほんとにありがと」
お礼を言って電話を切った。晩ごはんも楽しみだけれど、エヴァンの声を聞けて一人るんるんしながら仕事に戻った。
「ただいまー!」
夕方に家につくと、エヴァンがリビングからひょいと顔を覗かせた。
「おかえり」
顔を見るとやはり昨日の今日で緊張してしまう。
カバンをぎゅっと握りしめながらはにかむ俺のもとに来たエヴァンも多少気まずそうに続けた。
「……レオの分の洗濯物、部屋に運んで置いた」
「え?」
「乾いたから、置いといた」
昨日部屋干ししていた洗濯物が乾いたのだと言うことに気付いて、胸がじわっとあったかくなる。
「ありがとう、助かるよ!」
家主なのもあるし、家事全般自分がやるのが普通になっていたから、驚きながらもうれしくて顔が緩んだ。
素直にお礼をするとエヴァンは控えめに微笑む。
あぁ、なんか、こんなことで単純だけど……好きだなぁと思ってしまい、笑えてきてしまう。
「着替えてくるね」
にこっと微笑みかけて自室に向かった。
ラフなTシャツとジャージに着替えて、すぐキッチンに足を運ぶ。
白米を炊き、スープ用にお湯を沸かしながら、人参を切っていった。スープの分は細切りに、みじん切りはハンバーグ用に。
キッチンに立って夕飯を用意しているとエヴァンがやってきた。
「どうしたの?」
「あぁ……見ててもいいか?」
「うん、もちろん」
料理の工程に興味を引かれたらしい。
初めてのことに戸惑いつつも、エヴァンに興味を示されるのは悪い気はしない。
続けて玉ねぎを切っていく。こちらも半分はスープに入れるために薄切りし、半分は細かく切り刻んでいく。
「っ……」
すると近くで包丁さばきを見ていたエヴァンがばっと顔を背けて数歩後ろに下がった。
「ん?」
どうしたのかと見つめながら原因がすぐわかった。
「はは、玉ねぎめっちゃ目にしみるよね」
鼻と口を抑え恨めしそうに見つめられるのがおかしくってつい声を出して笑ってしまう。
「まって俺もきた、いった」
「大丈夫か?」
二人して目をうるませて、なにやってんだろって笑いあって、微妙に残っていた気まずさも気にならなくなる。
「大丈夫じゃないー、めっちゃ涙出てくる。まってすぐどけるから」
言いながらまな板の上の玉ねぎを沸騰したお湯とボウルにいれて、包丁とまな板を水洗いした。
「はぁ、いつも今のに耐えてるのか?」
「うん、そうね。料理は気合!」
おどけて見せながら、エヴァンのしかめっ面や潤んだ瞳を盗み見る。あぁ、こんな表情もするんだって、内心嬉しいのは秘密だ。
千切りキャベツとトマトでサラダとブロッコリーを軽く湯がき、副菜はこんなもんでいいだろう。
メインのハンバーグを作るべく、ボウルに材料を入れていく。ひき肉にみじん切りした人参と玉ねぎ(お腹が空いてるので今回は生で)、卵一個に適当にパン粉を入れて、塩コショウで軽く味付け。手袋をした手で捏ねていく。
「ハンバーグやっと食べれるよ」
「ハンバーグ……」
「エヴァンは食べたことある?」
「いや、わからない。聞いたこと無いな」
「え、海外にないの?」
「さぁ、俺が知らないだけかもしれないが」
思いっきり洋食のメニューだと思っていたから戸惑う。
実は日本料理なのかそれとも名前が違うんだろうか?
「エヴァンってどこに住んでたの?」
「日本に来る前はカナダに」
「あ、そうなんだ? カナダ、カナダ……メープルシロップ」
「そうだな、有名だな」
「そっか、カナダに」
また一つエヴァンについて知れて嬉しくなってしまう。
「カナダはどうだった?」
「うーん、引きこもっていたからどうというほどでもないが、寒かったな。人気 のない山間 にいたし……」
バットに成形したハンバーグを並べながら話に相槌をうつ。
「ホワイトホースって観光地があるんだが、そこの近くに住んでいて……オーロラも見れる場所だったな」
「オーロラ……わ、すご見たこと無いな」
「幻想的できれいだよ」
思い出すように目を細めて、エヴァンは言う。ずっと一人だと言っていたけれど、本を読んでいたと言っていたけれど、それだけじゃなかったみたいで勝手に安心した。
カナダの山奥に閉じこもって本を読んで、夜には空を眺めて……なんとなくエヴァンらしい感じがする。
「……ところで、それは、なんでそんなに荒っぽく投げてるんだ?」
ふとエヴァンの視線が俺の手元に向かう。ちょうど丸く形を整えた肉だねを掌に叩きつけるようにしていた。
「あぁ、これは空気を抜いてるんだよ。焼いてる時に形がくずれ無いようにね」
「空気……なるほど」
興味深そうに眺める姿が微笑ましい。
何度も作って当たり前の工程になってしまっているが、最近まで料理を食べたことも作ったこともないならたしかに不思議に感じるのかも。
「じゃあ、いよいよ焼いていくよ」
温めたフライパンに並べ、両面に焼き跡をつけたら、料理酒を少々いれて数分蒸し焼きにする。その間に煮込んでいたスープもコンソメや塩コショウで味付けをした。
料理の工程を説明したり、何気ない会話をしたり。エヴァンと過ごす穏やかな時間は楽しくてあっという間に過ぎていく。
「じゃあいただきまーす」
白米にスープ、サラダにメインのハンバーグ。ケチャップと中濃ソースでつくったハンバーグソースのいい匂いに食欲はもう限界だった。
朝から食べたくてたまらなかったハンバーグに箸を入れ、一口頬張る。
「ん~~、おいしい!」
名店とは比べ物にはならないだろうが、我ながらうまくできたと自画自賛してしまう。もう一口食べて白米をかきこむ。
これが幸せ……。
「ふふ……」
つい美味しいものを前にして夢中で味わっていると、エヴァンのくすりと笑う声がして我に返る。
「よかったな?」
エヴァンの優しい微笑みに、胸が高鳴り頬が熱くなる。口いっぱいに頬張っていたご飯を飲み込んだ。
「うんっ! ほら、エヴァンも食べてみて」
促すと彼もナイフとフォークをぎこちなく使って、ひとくち口に運んだ。
口にあうだろうかと緊張しながらその反応を見守ると、エヴァンはじっくりと噛み締めて味わい、うんうんと頷く。
「悪くないな」
そう控えめに言い、さらにもう一口食べてくれた。
嬉しくて、内心ガッツポーズを決めた。
純粋に美味しいご飯を食べられて幸せなのもあるけれど、こうしてエヴァンが和やかな表情でそこにいてくれるのが嬉しくてほっとする。
悲しい顔や暗い顔じゃなく、笑顔でいて欲しい。
勝手な想像だけれど、誰かを傷つけたからと人と関わるのをやめてしまったのなら悲しすぎるから。
本を読んで星空を見上げて、そこに誰かと話したり、食事したり……そんなのが増えたらもっと充実するはずだから。
お節介な自覚はあるけど、好きな人には笑っていて欲しいんだ。
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