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 それから数日、ヴィンセントが家に出入りするようになった。仕事から帰宅する頃にはいないこともあれば、夜までいたりとまちまちだった。 「やぁ、お邪魔してます」 「こんばんは、捗ってますか?」 「うん、エヴァンのおかげでね」  肩をすくめてウインクするヴィンセントは、初めて出会ったときとは違う印象だった。今日は眼鏡を外し、柔らかな前髪も下ろし、服装もTシャツにネルシャツを羽織り、下はジーンズとカジュアルな装いに身を包んでいた。  姿を隠すには見た目かららしく、会うたび違う印象の服装だった。いい男のいろんな姿が見られて個人的にはかなり満足していた。  二人は例の古書の翻訳作業に取り掛かっていた。古代の文字をわかりやすく英語に直して意味を読解していく作業。とても俺には手の貸しようもないことでいつも遠巻きに見守るしか無かった。 「そうだ、これ少しだけど食べて?」  ヴィンセントに手渡されたのはカラフルなマカロンの詰め合わせだった。 「どう? 嫌いじゃなければ良いんだけど」 「甘いのめっちゃ好きです! しかもマカロン、嬉しい」  素直に嬉しいおみやげにほっこりしてしまう。 「お邪魔しちゃってるからお礼にね」 「ありがとうございます! 夕食後にいただきますね?」  まだ会うのは数度目だが、ヴィンセントの好感度は高くなる一方だ。ルックスがいいだけでなく優しくて気も利いていい男だなって思ってしまう。 「うん、楽しんで」  ただ、なんというか距離感が近めで、気付くとぴったりとくっつくくらいの距離にいてどきまぎしてしまう。そう言えば初めてあったときにほっぺにチューもされてしまったし。 「ヴィンセント」  目が合って危険を感じたとき、ふっとエヴァンが現れた。  微妙な空気が流れるが、気にせずにエヴァンが続けた。 「わからない文字があってお前も見てくれ」 「んー、わかった。後でまとめて確認するよ」  ヴィンセントの返答に眉を潜め、エヴァンは少しの沈黙のあとまた続けた。 「それから地名も」 「あー、はいはい、わかったよ」  ヴィンセントは笑みを浮かべて肩をすくめて、それから流れるように俺の頬にキスをした。 「っ!?」  驚く俺をよそにヴィンセントは楽しそうに、リビングのテーブルの元へ戻って行った。  「びっくりした……」  ほっぺたを抑えながらぼそりと呟くと、エヴァンもずいと顔を寄せてきてどきっと心臓が跳ねた。 「少しは警戒しろ、襲われるぞ」  それだけ耳元でぼそりと言うと、エヴァンもまた作業に戻って行った。  残された俺はマカロンの入った紙袋をダイニングのテーブルの上に置き、ぽかんとしてい た。  襲われる……つまり吸血ってことだろうか?  単に親切なだけかと思っていたが、あの距離の近さといい思い当たる節もなくはなくて。  ただ、ただそれを……エヴァンが心配して止めに入ってくれるなんてと一人浮かれてしまった。  自室に荷物を置きに行く途中、ちらりとエヴァンの方を向くと既に二人は作業に熱中していた。  こうなると俺は邪魔にならないように静かにしてるしか無いのだが。  にしてもあのエヴァンが俺の心配するなんて。  そんなちっちゃなことに浮かれて、顔がにやけてしまった。  また別の日。  ヴィンセントがやってきた。今日は白い長袖Tシャツに黒のパンツ、サングラスでこれもまた良く似合っていた。 「やぁ、レオこんばんは」  さらっと挨拶代わりに頬にキスをしようとするのを制する。 「ふふ、シャイだね」  キスの代わりに耳元で囁かれる。 「そ、そんなんじゃ」  優しい声色に顔が熱くなってしまう。 「まぁ、エヴァンに嫌われたくないし程々にしないと、だね?」  耳元でそう続けてくすりと微笑む。 「エヴァンに?」 「ほら彼なかなかに独占欲、強そうだったから」  独占欲……それって。 「それって……」 「こないだも嫌な顔していたし、僕らが話すのあまり好ましくないみたいだったよ」  まるでエヴァンが俺のこと気にしてくれてるみたいな口ぶりに、一気に気持ちが高ぶる。 「ん、来たのか」  リビングの方から歩いてきたエヴァンがすっと俺とヴィンセントの間に入る。 「やぁ、エヴァン」 「いつまでそこにいるんだ、さっさと始めよう」  確かに言われてみるとエヴァンは俺とヴィンセントを一緒にいさせたくないようにも見える。  ね? とでも言いたげにヴィンセントに目配せされて思わず笑ってしまう。  そんな俺達の間でエヴァンの顔が若干むすっとなって。  その反応にまた笑みがこぼれてしまって。 「あはは、あのお固いホーク公がこうもわかりやすいなんてね」  ヴィンセントは楽しそうに笑いながら靴を脱いでリビングへ向かっていった。 「何の話だ」  不機嫌そうなエヴァンに見下されて、気まずさ半分面白さ半分。 「んーん、こっちの話。いこ!」  ごまかして彼の腕を引いて一緒にリビングに戻った。

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