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 麦茶を人数分入れて用意し二人のもとに持っていく。  今日はすぐ本題に入らずに、まだ和やかに会話しているようだった。 「ではエヴァン様のおっしゃるとおりに」  冗談めかしてヴィンセントが言うのを聞いてふと、何度も思い浮かんでいた疑問が浮かんでくる。 「そういえばホーク公とかエヴァン様とか呼ばれてるけどエヴァンって何者なの?」  ヴィンセントが書類に目を通してるところで聞いてみた。  本人は議員、政治家と言っていたけれどそれにしてはみんな恭しい態度を取っている。 「公爵様……我々の貴族階級で言っても上位の位のお方だよ。王様や王族の次にえらい人って言うとよく分かるかな」 「ええ! そんなにえらいの!!」  驚きで思わず大声が出る。  偉いとは思っていたが、想像していた以上だ。 「父が偉かっただけで、俺はその肩書きを貰っただけだ」 「それでも公爵様は公爵様ですよ? ほらお父様の引き継ぎ直後なんかは随分立派に場を納めて、手腕も皆が認めるものじゃない」 「そんな昔のことよく覚えているな……」  ロスもそうだがヴィンセントも深くエヴァンのことを知っているようだ。 「もちろんさ。休暇への理解はしてるが、君の復帰を期待してるよ。僕だけじゃない、大勢が君を待ってる」  ヴィンセントはそう言って微笑んだ。  エヴァンは考え込むように目を伏せてしまう。 「まぁ、事態はそう単純でもないよね。英雄様も尊敬されるだけじゃないもの」 「あぁ……。この話はここまでにしよう」  エヴァンは陰りのある表情を見せる。  また彼について新しい情報を得られたけれど、同時に疑問も増えてしまった。 「俺のことより、ヴィンセントも守護者の一族なんだろう?」  エヴァンが話題を変え、ヴィンセントがすぐ続けた。 「おや、そこまで把握していただけてたとはありがたい限りだね」  守護者……この間エヴァンと話した、聖遺物の守り手の一族。  一般人の俺にとっては二人共想像もつかないような世界で生きている。 「個人的に調べていたから、一度話を聞きに行きたかったんだがな」 「今なら聴き放題だよ? 僕に分かる範囲なら何なりと」 「……古代のヴァンパイアの書簡がみつかった事あっただろ? たしか純血の」 「アレスの書簡だね。行商の話に加え、日常的な内容もあってそこが興味深くてね」 「そう、その部分について知りたかったんだ」  二人の話が盛り上がり、俺はぼんやりと眺めていた。  楽しそうに目を輝かせるエヴァン。  ヴィンセントの一族が守ってる遺跡や遺物に興味があるってこの間も話していたものな……。  私物の良く使い込まれた手帳に走り書きしながら、随分と楽しそうだ。  ヴァンパイア同士、しかも興味の分野も被ってる。  トレジャーハンターの映画なんかは見たこともあるが、俺、歴史とかそういうのは疎いしなぁ。 「じゃあ、例の遺跡に行ったことがあるのか?」 「あるある。罠が張めぐされていて、閉じ込められて数日間でられなくなったり散々だったけどね」 「ふ、それは災難だったな。いつか行ってみようとは思っていたんだよな」  エヴァンが頬を緩ませる。  胸がぎゅっと苦しくなって思わず席を立った。  視線が集まり、笑って見せる。 「晩御飯の片付けまだだったから、しないと」 「じゃあ俺も」 「あ、いいよいいよ! せっかくヴィンセント来てるんだし俺ひとりで平気!」  手伝おうとするエヴァンを制してキッチンに向かう。  少しもやもやしたまま皿洗いを始めた。  エヴァンが、笑顔になるのは良いことなのに。それなのに、俺の狭い心は嫉妬でいっぱいになってしまう。  俺は、表情の乏しい彼をどうにか和ませようと頑張っているのに、ヴィンセントはあんなに自然に笑顔にできる。  彼の興味を引く話題をたくさん持ってるヴィンセントがうらやましい。  そりゃ彼もヴァンパイアでずっと長く生きてきて、エヴァンのことも俺よりずっと知ってるのも当たり前で。  なかなか気を使って話を聞き出せない俺も悪いんだろうけど、もどかしい。  エヴァンに好かれてるってうきうきしたり、うまく輪に入れなくてやきもきしたり。 「はぁ……」  談笑が聞こえ小さくため息を漏らす。  ここ数日は仕事も忙しくてすれ違うことも多かった。  この間、一緒にバーに行ったきりお出かけもしていない。  最近は、ヴィンセントが来る日はどうしてもエヴァンはヴィンセントといるし。  こんなに心が狭いなんてと自己嫌悪する。  こんなんじゃだめだよな、エヴァンが楽しめてて、探究心を満たせてるのだから。  食器をすすいでいく。  それに、彼からしたら本当に都合よく住まいを提供してくれるからここに居るだけなのかも。  襲撃事件が落ち着いたらどこかに行ってしまってもおかしくない。  触れ合いも気まぐれでからかうようで、真意がみえなくてもどかしい。  優しく微笑んだかと思えば、魔力に絆されてるだけだと言ってみたり。  こんなふうにちょっとしたことに悩んで独り占めしたくなるなんて……子どもっぽすぎるだろうか?  彼に釣り合うようになるにはもっと余裕とか大人っぽさが必要なのかもしれない。  ごちゃごちゃ悩みながら作業をしていたら、あっという間に食器も洗い終わってしまう。 「ここ、面白い内容があって」 「どれどれ……」  自然と近い距離で話し込む二人の姿を見ていられず、自分の部屋に逃げ込んだ。  どうしようもなく狭い心を落ち着けないと。

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