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3章 再会と愛しさと1
夏らしい暑さを感じる6月の中頃。
貴重な休日を朝から満喫するべく、少しばかり豪華な朝ご飯を用意しようと意気込んでいた。
ホットサンドメーカーを出してハムチーズサンドを作り、軽く卵を焼き、安定のサラダ。それからカフェオレで飲み物もばっちりだ。
特にこれといった何かがあるわけではないけれど、そんな日にこうしていつもより手の込んだ朝食を取るのはなんて贅沢なんだろう。
溜めていたアニメを見ながら食べようと意気込みながらテレビをつけると、ちょうどクロード・モンローが画面に映り目を奪われた。
朝の情報番組に、つい最近まで行われていた彼の全国ツアーの様子が流れ出す。クロードがヴァイオリンを弾いてる姿に惚れ惚れしながら、ハムチーズサンドを口に運んだ。
「たくさんの方に来ていただけて本当に嬉しかったです。あとは各地の美味しいものも楽しめて充実してましたね」
華奢な体躯にさらさらのプラチナブロンド、透き通るような青い瞳。まるで王子様のような彼が、はにかむ姿にうっとりとしてしまう。
男性の好みとしては年上のクール系がタイプなのだけれど、彼のようなアイドル的な美形も目の保養になるというものだ。
美味しい朝ご飯に加えイケメンも堪能しながらの食事を楽しんでいるとインターホンが鳴った。こんな朝早くにと思いつつも立ち上がり玄関に向かう。
扉を開けると、そこには見知らぬ外国人が立っていた。
日に透けてきらきらと輝くブロンド、透き通るように色白な肌、華奢な体つき。サングラスを外すとそこには、ぱっちりとした青い瞳が覗き、息を飲んだ。
「え……えぇっ!?」
信じられないが、ついさっきまでテレビに映っていたはずのクロード・モンローその人が立っていた。
驚きで困惑する俺をよそに彼は玄関を覗き込み、不安そうに眉根を寄せた。
「渡辺さん、のご自宅であってますか?」
少し浮ついて落ち着かない様子だった。
「そ、そうですけど」
こちらもこちらで名前を把握されてる事に驚き、戸惑いつつ返答する。するとクロードはほっとしたように息を吐き、そしてどこか泣きそうにも見える表情でずいと近付いてきた。
「ヴィンセントは……ヴィンセントはいます?」
「い、いえ、今はいないですけど」
間近で見るとどこか人形を彷彿とさせるくらいの完璧な顔立ちだ。
そして思わず口走ったことにはっとする。そういえばヴィンセントを狙って襲撃事件が起きているって話だったっけ。
「今はってことは、……生きて」
俺の腕を掴んでほっとしたように表情を緩ませるクロード。
「あ、……え! 大丈夫ですか!」
そして次の瞬間には彼はその透き通る瞳いっぱいに大粒の涙を浮かべた。
そんな反応にうろたえていると、彼の瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「ヴィンセント、よかった……」
上ずった声で言いながら涙を溢れさせ、ついには俺の肩に顔を寄せて泣き出すクロード。
あのクロード・モンローが俺に身体を預けて泣いてる!?
理解しがたい現実に頭はついていかないが、彼の背中をそっと撫でた。
「レオ?」
玄関口でそんなやり取りをしていると、寝起きのエヴァンがやってきた。
「あ、おはようエヴァン」
クロードを撫でながら顔を向けてエヴァンを見ると、彼はやけに悲しそうな顔をして俺を見ていた。
「……邪魔、したか?」
低い声で言いながら、その視線がクロードへと向かう。
「邪魔なんてそんな」
「エヴァン様……」
クロードはエヴァンの存在を確認すると、ぱっと俺から身体を離した。そして姿勢を正すと、胸に手を当て恭しくお辞儀をした。
「エヴァン・ホーク公爵はじめまして。私はクラウディオ・デュラック、デュラック伯爵の名をいただいております。お会いできて光栄です」
「デュラック卿? 昔……フェスタ・ルナエでの演奏していた、あの?」
「はい、僭越ながら何度かソリストを務めさせて頂きました」
「懐かしいな。毎年心待ちにしていた」
「その様なお言葉をいただけて感激でございます」
何度かエヴァンに対する挨拶を見てきたが、その中でも特に改まった雰囲気にあっけにとられる。
現代東京に生まれ育った俺には馴染のない貴族同士のやり取りだった。
「それで、なぜここに」
「ヴィンセント・コンティがここに出入りしていると聞いて、どうしても安否を確かめたく……その」
自分の身体を抱くようにして震え、再び涙を零すクロード。
「昔、恋仲だったものですから……」
玄関先で話しているのも何だからと室内に招き入れ、3人でリビングに向かった。
「すいません、食事中だったんですね」
少し冷静になってきたのか、申し訳無さそうにクロード――本名はクラウディオというらしい――は、ソファに腰をおろした。
「気にしないでください。なにか飲みますか?」
「あぁ、じゃあ……カフェオレ」
俺の飲みかけを見てそういうのを聞いてキッチンに向かった。グラスを用意して氷を入れ、コーヒーと牛乳を冷蔵庫から取り出す。
するとエヴァンが近くにやってきて、なにをするでもなく俺を見ていた。
最近どこか暗い表情で何か悩んでる様子で、正直心配だった。日本に来た目的だったというヴィンセントにも会えたし、古書にも目を通しているのに。
「エヴァンも飲む?」
声をかけるとじっと見つめてきて、なんだろうかと首をかしげる。
「エヴァン?」
まだ寝起きだからぼーっとしてるのだろうか?
「エヴァ……んわっ」
すっと手が伸びてきて顎を撫でられ、そして顔を近付けられる。
コーヒーのボトルを片手に大した抵抗もできず、そのまま唇が触れ合う。
軽く触れ合うだけのキス……至近距離で群青の瞳と視線が交わる。
ずっと見ていたいくらい綺麗で、見ていられないくらい照れて顔が熱くなる。
「も、お客さん来てるから」
俺の反応を見て楽しんでるだけだとわかっていても、毎回ドキドキさせられてしまう。
すぐ顔を背けて何でも無い風を装って、コーヒーをグラスに注いだ。
ふふと満足そうに微笑む声が聞こえて、大きな手が俺の頭を撫でた。
今日はやけに触ってくるなと困ったり、嬉しかったりしながらも。来客が居るのもあり、そっちを優先してしまう。なにより傷心中のクロード・モンローが家に居るんだから。
「また後で構ってあげるから、今は我慢して」
できあがったカフェオレを片手に肘でつくと、やけにうっとりと見つめられて心臓が跳ねた。
とんでもないことを言ってしまったかもと思いつつ、気を取り直してクロード、もといクラウディオのもとに向かった。
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