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 その日もあっという間に夕方になった。  掃除に洗濯、溜めていたアニメを見て、最近サボってた筋トレも。  その間、エヴァンはちょこちょこと顔を出して手伝ってくれたりじっと俺を見ていたりと落ち着かない様子だった。 「どうしたの?」  と聞いても、「あぁ」とか「いや」とかそれだけではっきりしない。  表情も表現も乏しいエヴァンはちょっとだけ難しいけれど、なにか伝えたいことがあるんだろうな、ということだけはわかる。汲み取るのは流石に諦めて、彼が言えるタイミングまで待つことにした。  夕方頃にヴィンセントがやってきた。今日は初めて会ったときと同じ銀縁の眼鏡に紺のスーツ姿だった。 「やぁ、こんばんは」  なんて言うヴィンセントの腕を引き、早速ソファに座らせる。 「ど、どうしたのそんな怖い顔しちゃって」 「今朝クラウディオが来たんです。あなたの元恋人の」  単刀直入に言うとヴィンセントの顔からヘラヘラした笑顔が消えて青ざめていく。 「待って、なんだって」 「クラウディオ・デュラックが来たんです!」 「クラウ……そ、そうなのか」  いつもの落ち着きも消えて、口元を抑えてかなり驚いた様子だった。 「あなたのことを心配して探していたんですよ。連絡先聞いたので会って……いや、せめて電話してあげてください」  はっきりとそう告げるが、ヴィンセントは困ったように眉を下げて黙り込んでしまう。  彼の生死を気にして、わざわざ俺の家まで会いに来たクラウディオのことを思うと、ヴィンセントの態度には多少不満を覚えた。 「クラウ、あなたのこと心配して、泣いてたんですよ?」  しゃがみ込み、ヴィンセントの膝に手を付いて俯く彼の顔を覗き込む。 「ヴィンセントさんが襲われてないかとか、また危険に巻き込まれてるんじゃないかって……電話だけでもいいのでしてあげてください」 「いや、……クラウディオを巻き込みたくない」  まっすぐと真剣な瞳で見下され、その言葉の重みを感じる。 「彼を悲しませて、泣かせてる時点で巻き込んでます」  朝に初めて会って少し話しただけだけれど、彼の純粋さや思いやりは嘘じゃないとはっきり言い切れる。  それを無碍にすることは俺にはできなかった。 「……もう何年も何百年も前に別れたんだ、だから」 「それだけ経ったのにあなたも忘れてないんでしょう?」 「…………だけど」 「巻き込みたくないって思うくらい、クラウのことまだ想ってるんでしょ。なら電話くらいいいじゃないですか」 「……いや、だめだ」  頑なに断るヴィンセントにだんだんと憤りを覚えてくる。 「連絡しないならもう家に上げませんよ!」  そう声を荒げるとヴィンセントは驚いたように顔を上げて、俺を見た。 「ヴィンセント、俺からも頼む」  そして意外なことにエヴァンもそう声を掛けてヴィンセントの肩に手を置いた。  呆気にとられたヴィンセントは、また少し悩んで深くため息を吐いた。 「……わかった連絡するよ」 「よしっ! じゃあ今すぐ掛けましょう」  ナイスアシストとエヴァンに目配せして、スマートフォンを取り出すとクラウディオの番号を探しコールをかけた。何度目かの呼び出し音の後で通話がつながる。 「すいません、少しだけ……もしもし、レオ? もしかして」  仕事中だったのか、声を抑えてクラウディオが電話に出た。 「うん、ヴィンセントと今、代わるね!」  そのままヴィンセントにスマートフォンを手渡す。  他人事ではあるけれど、ドキドキしてきた。  数百年ぶりに元恋人たちが再び会話を交わすなんて、なんてロマンチックなんだろう。 「あ、もしもし……クラウディオ、僕だよ、ヴィンセント」  おずおずとヴィンセントが話し出す。 「泣かないで……ごめん、心配かけたね」  いつもは見せたことがないような、穏やかな愛おしそうな表情。 「クラウこそ、最近も仕事頑張ってるね。そう、コンサートも見に行ったよ」  そういえば、ヴィンセントはヴァイオリンのコンサートに足を運び、クロード・モンローが雑誌の雑誌も買っていた。  あれってもしかして単にクラウディオのことを見守るためだったのだろうか。だとしたら、クラウディオ以上にヴィンセントは彼のことを想っていたのかもしれない。 「あ、そうだよね……えっとじゃあ……え、今夜? 空いてる、うん……じゃあ20時に表参道ね、わかった」  ほんの数分の会話だった。  それでも再び話せたことに感激して、じんわりと胸が暖かくなった。 「はは、……はぁ」  満足気にヴィンセントは微笑んで、言葉が出ないくらいに満たされた表情をしていた。 「まさか、ほんとうにまた話せるなんて」  信じられないという感じの表情に思わず微笑んでしまう。  あんなに渋っていたのに。 「よかったですね! 会う約束も?」 「あぁ、今夜……夢じゃないよな」 「夢じゃないですよほら、連絡先も登録しておきましょう! 待ち合わせしてるんですから」  促されるままに自分のスマートフォンを取り出すヴィンセントからついでに番号を聞き出し、クラウディオの電話番号を教える。これでなにかあったとしても大丈夫だ。 「どうしよう、ほんとに彼と会うんだよな。あー、服、服を着替えてそれから……今から花買えるかな」  余裕たっぷりの姿はどこへやら、ソワソワとしだすヴィンセント。 「じゃあ、その、僕は行くよ。ありがとう、背中を押してくれて……エヴァンも、また、じゃあ」 「はい、応援してます!」  完全に浮足立っているヴィンセントは、家を後にしていった。  お互いに思い合っているのに、別れてしまって……そして数百年もの間、想いを燻らせながらやっと今日また会える機会が巡ってきたのだ。 「うまくやれるかなぁ、クラウもヴィンセントも」 「うまく?」 「クラウも泣いちゃうくらいにヴィンセントのこと思っていたし、ヴィンセントもなんだかんだでクラウのこと好きそうだったし、またくっつくのかなぁって、さ」 「あぁ、たしかに」  たいして興味なさそうにエヴァンは呟いてそれからまたぼそっと言った。 「ついてってみるか?」 「え! そんな」  ついて行って……確かにヴィンセントの電話口の声で「20時に表参道」というワードは聞こえていた。おそらくは駅前で待ち合わせて会うのだろう。 「めっちゃおもしろそ……じゃなく、見守りたいしね。うん、行こうエヴァン!」  そんなわけで、二人の運命的な再会を見守るべく、俺とエヴァンも用意を始めた。

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