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 そんなこんなで20時過ぎ、駅から少し離れたカフェのライトアップされたテラス席にヴィンセントとクラウディオがいた。  ヴィンセントはいつもの数段も男前にヘアスタイルも顎髭も整え、白シャツに白のチノパンにベージュのベストという爽やかなスタイルで決めていた。  一方でクラウディオはサマーニット帽でその美しいブロンドを隠し大きめのサングラス、白シャツに薄手のカーディガンを羽織りジーンズをあわせ、変装しつつもおしゃれだった。  こうして並んでいるのを見ると、美男2人で良く似合っていた。 「はぁ、運命の再会ってやつだねぇ」  そんな彼らから少し離れた席で、二人並ぶ俺とエヴァン。お客さんもそれなりに入っている上、一応変装してきたのもあり、明るい場所でもまだバレた様子もない。  エヴァンは白Tシャツにジーンズ、サングラスをつけていつもよりカジュアルに。俺は伊達メガネにエヴァンから貰ったネイビーのシャツ、グレーのパンツでいつもより大人っぽく。 「運命の……そうだな」  なんて心のこもらない声で言うエヴァンは長めの髪の毛をゆるく巻いてハーフアップにしていて、それだけでだいぶ印象が違う。変装という口実を得てついノリノリでセットしてみたが、この分ならどんな髪型でも似合いそうだ。  やっぱもとの顔立ちが整ってるもんなぁとついじっと見つめてしまう。 「恥ずかしいからあまり見るな」  流石に視線を感じたのかエヴァンに突っ込まれる。  でも、恥ずかしいって! 「エヴァンでも恥ずかしいとかあるんだねぇ」  にやにやしているとしーっと唇に人差し指を当てて横目で見られる。  なにそのセクシーな仕草と内心興奮しつつも、大人しくまたヴィンセントたちの会話に耳をそばだてた。 「夢みたいだ、ヴィンセントがここに居るなんて」 「夢じゃないよ、ほら手を握って」 「あぁ、会いたかったよ……」  ぎゅっと手を握り合う姿にうっとりしつつ、アイスティーを飲んだ。 「はぁ、素敵」  思わずそんな声が漏れてしまう。  少し震えるクラウディオの肩にまたきっと泣いているんだろうと思う。 「僕はずっと陰ながら応援していたよ。この間のコンサートも本当に素晴らしかった。君の演奏にしか出せない音だよ」 「聴きにきたなら……そのまま会いに来てよ、ばか」 「わかるだろ、怖かったんだ……もうずっと前だったんだから、別れたの」  じっと見つめすぎたのかヴィンセントと一瞬視線が交わる。  すると、つぎの瞬間には英語でも日本語でもない言語で話し始める二人。  エヴァンを見上げる。 「ね、何語だろ。わかる?」 「フランス語だな。昔もこんなふうに秘密の会話をしたなって」 「秘密の、なるほど……」  周りの人に伝わらないだろう言語で会話するなんて素敵なシチュエーションだ。  もどかしく思いつつも、エヴァンが当たり前のように聞き取れてることにも驚く。一体どれくらいの言語を知っていて使えるんだろうか、この博識なヴァンパイアさんは。 「湖の畔でヴァイオリンを弾いた夜を思い出す……あのひとときが君という存在をはっきりと感じさせて……要は口説いてるな」  ぼそぼそと訳しつつも面倒になったのかひとまとめにするエヴァン。 「どんな風に口説いてるかを知りたいんだよ」 「そうか……あぁ僕の心、失ってからここに穴が空いたようで生きた心地がしなかった」  クラウディオを見つめるヴィンセントの優しい視線やその表情一つ一つから愛おしさが感じられる。 「200年の時を埋められるれないのが悔やまれるけれど、ただ今、あなたの側にいられることを嬉しく思う……」  そっと腕を伸ばしてヴィンセントがクラウディオの涙を拭う仕草にうっとりとしてしまう。  200年……そんな途方もない時間をお互いに想い合いつつすれ違っていたなんて。  こんなに愛しい気持ちを抱えながらも、もしかしたら今日も会うことが無かったのかも知れない。クラウディオが家に来なければ、ヴィンセントが踏ん切りをつけなければ……。  見守りながら感動してしまって、思わず涙ぐんでしまう。 「クラウ僕を見て……」  ヴィンセントが両手でクラウディオの手を握りしめ、柔らかな微笑みを浮かべる。 「可愛い子猫、愛してる……誰よりも、もう二度と離したくない」  真っ直ぐな愛の言葉。  こっちまで熱に浮かされてしまいそうなくらいストレートな。  そんなセリフをエヴァンの低い声が綴っていくのに、少しだけドキッとしてしまう。  ただ訳してくれてるだけだってわかっているのに、囁くように紡がれる言葉を意識すればするほど胸が締め付けられた。 「君が同じ気持ちじゃなくてもいい、ただ……愛してる」  エヴァンの方を向くとずっとこちらを見ていたのか目が合う。  街路樹のイルミネーションや街灯の光を反射して、彼の深い青色の瞳がきらきらといつも以上に綺麗だ。  あぁ、俺はずるいから……単純だから、自分に向けられた言葉なんかじゃないってわかってるのに嬉しくて、ときめいて……心臓の高鳴りを隠せない。 「好き……愛してる。あなたを好きにならずにいられない」  その瞳に、声に、釘付けになる。  エヴァンが俺を好きならどれほど幸せだろう……。  そんな想像をせずにはいられなかった。  いくら唇を重ねても身体に触れられても、その心を覗くことは難しい。  乏しい表情や寡黙な唇で隠された、彼をもっともっと知れたらいいのに。  もっと踏み込んでも、どこにも行かないでくれるだろうか……?  エヴァン……。 「渡辺くん、だよね?」  エヴァンの瞳に吸い込まれるように見惚れていると、聞き覚えのある声に呼ばれてぱっと振り返った。  そこには三浦さんが立っていた。

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