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◆クラウディオ
ヴィンセントと食事を終えて近くのホテルに足を運んだ。人目を気にせずに話そうという目的だったものの、やはりお互いに2人きりの空間に期待は寄せていて、到着してしばらく甘い雰囲気に酔っていた。
200年ぶりの抱擁に、口付け、その先も――。
長年離れていたのも気にならないくらいに、身体の相性も良くて……何よりヴィンセントの男らしい鍛えられた身体や、優しい愛撫に惚れ惚れとした。
このまま今のいろんな関係を捨てて、過去のわだかまりも捨てて、彼と共にいたかった。
「ねぇ、ヴィンセント。よければ私のマンションに来ないか? 事件が収束するまで付近は警備もつけておくし」
シャワーから戻ってそう切り出すと、ヴィンセントは煮えきらない表情で俯いた。
今までの幸せな時間から一変して雲行きが怪しくなる。
「君に迷惑はかけられないよ」
「そんな迷惑だなんて、いくらでもかけたらいい」
ベッドに腰掛ける彼の横に座りその手を握る。
しばらく沈黙が続き、胸がざわついた。
「……古書を持っていたら危険が及ぶだろ」
ヴィンセントの言葉にはっとする。
「そうだ。ただ持っているだけならまだしろ、なぜ情報を広めたりしたんだ? そのせいで命を狙われているんだろう」
「それは……」
言い淀むヴィンセントに徐々に怒りが込み上げてくる。
「あのときも、お前は私に大した相談もなしに遺跡に行って死にかけたよな」
200年ほど前、いつもの遺跡調査で夕方には戻る……そんな顔をして罠だらけの危険な遺跡に向かったヴィンセント。閉じ込められ数日間行方不明になり、やっと発見した時には怪我と飢えで死にかけていた。
「どうしていつも心配をかけるんだ?」
彼の手をぎゅっと握りしめる。
「ごめん……でも必要なことなんだ」
ヴィンセントはまっすぐと私を見ていう。
「必要? 命よりも優先することなのか?」
「あぁ、命より大事なんだ」
いくら遺跡や古物好きで守護者の使命や研究者としての関心があったとしても、全て命あってのことなのに。
ヴィンセントの態度に怒りを抑えきれなくなる。
「ちょっと古いだけの本じゃないか、本は本だ。命をかけるだけの価値が本当にあるのか?」
「情報の重要性は君のほうが身に染みて知っているだろう? 芸能界は印象やスキャンダルに常に翻弄されて」
「そんな話してるんじゃない!」
思わず声を荒げて彼の手を強く握った。
「ちゃんと現実を見てくれよ。お前が情報をわざわざ全世界に発信して、人が……人が死ぬような事件まで起きてる。ヴィンセント、お前を探して組織や人が動いてるんだ。なんでわかってくれない? なんで危険に自分から飛び込んでしまうんだ?」
真剣に話しているというのに、ヴィンセントはへらへらと笑って見せる。
「落ち着いてクラウ。僕はそんなヘマしないよ。簡単に死なないよ」
腕を引かれ彼の胸元に引き寄せられる。
どうしてこうも伝わらないんだろうと悔しくて涙が滲んでくる。
「……お前に出会ってお前のことしか愛せなくなってしまった。いつも、後悔してた。どうして手を離してしまったんだろうって。ヴィンセント、愛してる……もう離れたくない」
震える声に気づいたのかヴィンセントの手が背中を擦った。
「でも……一緒にいられる自信もない」
涙が耐えきれず溢れてくる。
「こうして命がけで遺跡や遺物に向き合って、夢中になるお前が好きだし、誇らしいけど……お前を失うのは耐えられないんだ。自分が死ぬこと以上に怖い。辛いんだよ」
離れていた長い年月の間ずっと思っていた。
無事でありますように、怪我なく長く生きてくれますようにと。
それと同時に生死を知るのが怖くて会いにも行けなかった。
「あぁ、同じだよ。僕もクラウに笑っていてほしい。幸せに、のびのびとヴァイオリンや音楽に触れて、笑っていてほしい。愛してるよ」
その胸の中で、確かに彼の存在を感じながらも、心の距離は離れる一方だった。
「側にいられないならそれでも良い。ただ君のことを想い続けているよ」
耳元で響く優しい声色に、張り裂けそうなくらい胸が痛んだ。
なぜ、なぜ……側にいたいと言ってくれない?
私を選んでくれない?
悲しみはまた怒りに変わっていき、彼を突き放すようにして身を離した。
「もういい」
ヴィンセントは、悲しそうに眉をひそめる。
自分から距離を取ったのに、なぜそんな顔ができるのだろう。
「結局あの時から私達はなにも変わってない。いくら話し合ったって堂々巡りだ」
こんなにも愛しているのに、愛してくれていると思っていたのに。
きっとそばにいる運命なんかじゃないんだ。
「好きに、もう……好きにしたら良い!」
ただ切なそうに私を見るだけで、ヴィンセントは何も言わず、引き留めようともしない。
近くにあった枕を手に取り彼に投げつける。それでもやり返しても、抱きしめてもくれない。
涙が滲んで視界がぼやける。
結局、こうなるんだ。
怒りと切なさとごちゃごちゃした気持ちに支配されたままホテルを飛び出した。
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