40 / 98

8

◆クラウディオ  ホテルの前につけた見慣れた車に乗り込む。 「彼は?」  開口一番でそう問う彰紀(しょうき)に怒りを覚えて、乱暴にドアを締めてシートベルトを付けた。 「あんなバカもう知らない……」 「そう」  彰紀――マネージャーの久良岐彰紀(くらき しょうき)は、深く聞くこともなくそのまま車を走らせた。  久々に再会して、あんなにいい雰囲気だったのに。ヴィンセントは本当にわからない男だ。  時々、いや思えばいつもどこか何を考えているのかわからない男だった。1つの事柄を10まで話すこと無く、必要な分だけしか話そうとしない、そんなやつだった。  そんなミステリアスな部分にも惹かれていたけれど。  流れていく街の景色をぼんやり眺めながらまた涙が溢れ出した。  ヴィンセントの優しい声……甘い言葉が脳裏によぎる。触れ合った感覚がまだ肌に新しい。  香水の香りは昔と変わってしまったけれど、彼らしくて良く似合っていた。  食事の時に匂いを嗅ぐ癖は昔から変わってなかった。  そういえば、せっかくきれいな花束を貰ったのに置いてきてしまった。  ホテルから離れていくほどに、まるで夢でも見ていたんじゃないかという気持ちになる。  気だるい身体の感覚、頬を伝う涙だけが夢ではないと思わせてくれる。  また私は、彼の手を離してしまったのだと痛感した。  地下の駐車場に入り、エレベーターに乗る。見慣れたマンションの光景に頭もやっと冷えてきた。  まっすぐと部屋の前まで歩いていき、彰紀が扉を開けてくれた。 「……っ!」  玄関に入るやいなや、彰紀に引き寄せられて唇を奪われた。 「やめろ、そんな気分じゃない」  押しやると、にやっと口の端を上げて彼は笑う。 「いいから、まかせてればいい。忘れさせてあげるよ」  胸ぐらを掴まれて引き寄せられ乱暴に唇が触れる。 「っ、彰紀やだ、嫌だって言ってるだろ!」  熱い人間の体温にヴィンセントの感覚が薄れていく気がして咄嗟に押しやった。  それでなくても無理やりされるのが嫌で彼の口元に手をあてがい抵抗する。  その手首を握られ、玄関の扉に押し付けられる。  彰紀の口からため息が漏れ、不機嫌そうな瞳が私を見据えた。 「少しは俺の気持ちも考えてよクラウ」  眼鏡の奥の真っ黒な瞳に見つめられると、何も言えなくなってしまう。 「あの人が昔の恋人だってのは察しがついてる。そんなヤツに二人きりで会ってさ、こんな乱れてるなんてさ……」  低く唸るような声に、言葉に身勝手だったとだんだん理解してきた。  ぎりりときつく手首を握られ、痛いくらいに押さえつけられる。 「俺ならあんたを一時たりとも、一人になんてしないのに」  真剣な声色で言われて、ぽたりと涙が溢れた。 「彰紀……」  唇を奪われる。  深く深く、強く求められるような口づけ。  ヴィンセントのほうがずっとずっとうまいけれど、こうして激しく求められると、堪らなく興奮させられた。  必死に私を求める彰紀なら、この埋まらない心の傷を埋めてくれる気がする。 「あんたの全部、俺のものにしたい」  私のことしか目に入ってないような彼に寂しさも薄れていく。  手を引かれて部屋の奥、ベッドに乱暴に投げられる。  服を引き剥がされ、彼も窮屈そうにスーツのジャケットを脱いでネクタイを緩めた。  うっとおしそうに長めの前髪を掻き上げて、シャツを脱ぐ姿をドキドキしながら見ていた。 「ほら、噛んで」  何重にも傷が重なった首元を差し出され、それだけでぞくぞくと欲情した。  言われるがままにそこに新しい傷をつけていく。  どろりと溢れ出す血潮の濃い味が広がる。 「クラウ」  名前を呼ばれ首筋を甘噛みされる。ベルトを解かれて、彰紀の手が直に触れた。  手探りに彼に触れると熱く固くなっている。 「っ……触ってクラウ」  手に擦り付ける仕草に情欲を掻き立てられ、ベルトを引き抜いて下着ごとスラックスをずりおろし、直接彼に触れた。  火傷しそうなほど熱を持っているそこを撫でながら、ぺろぺろと舌を這わせて血を舐め取る。  お互いに擦り合いながらまた口づけを交わす。  じんと脳みそが痺れるくらい舌を吸われ、呼吸できないほど深く求められる。 「ぷぁ……はぁはぁっ」  ベッドにぐいと押し倒されて、覆いかぶさるようにして彰紀がベッドサイドからローションとゴムを取り出すのがわかった。  下衣を全て抜き取られ、ローションを纏わせた指先が窄まりにあてがわれ滑り込んでくる。 「あぁっ……んぅ!」  一度使われたそこはあっさりと指を飲み込んでしまう。  それに気付いたのか彰紀は舌打ちし、指の本数を増やして中を掻き混ぜた。 「あっ、しょぅ……はぁ、ぁぁっ」  荒々しい手つきにも感じてしまって上擦った声が漏れる。  それと同時に、陶器でも扱うかのように優しいヴィンセントの愛撫を思い出し目頭が熱くなった。  あんなやつ忘れてしまいたいのに、彰紀がこんなにも私を求めてくれるのに。 「んぁぁ……っ! しょう、き……も、入れてっ」  潤む瞳を見られたくなくて両方の手の甲を押し当てて瞳を隠す。 「うん、いいよ。俺ので上書きして……あんなヤツ忘れて」  その手をひとまとめに頭の上で抑え込まれ、ぐいっと押し入るように彰紀の熱が奥まで広がっていく。  圧迫感に息が詰まり、見せたくないのに涙が零れ落ちる。 「クラウ愛してる」  耳元ではっきりと言われて、奥に打ち付けられる。  何度と無く抱かれてきたのに、なんだかいつもと違って感じる。  そう、ヴィンセントの大事に大事に扱われるような抱き方とまるで違う。  あいつの優しく蕩けるような愛撫に、もどかしいくらいに欲情させられた記憶がちらつく。 「ああぁっ……! そこ、だめ……っ」  彰紀の熱い昂りが、知り尽くした私の身体の弱いところを執拗に攻める。  頭が真っ白になるくらい、何も考えられなくなるくらい激しい快感に打ち震える。  痛いくらいに手を押さえつけられていて縋り付くことすらできない。  だけど、いい。  これくらい激しく、全てどうでも良くなるくらい快楽で満たして、彰紀でいっぱいにされる感覚が好きだ。  彰紀ならきっとすぐ忘れさせてくれる。  彰紀なら私を離したりなんてしない。  もっともっと求めて、彰紀だけを感じさせて……。 「ふぁあ……あっあっ! だめ……イくっ!! ……彰紀、しょうき……ぃ!」  馬鹿になっちゃうくらいその狂おしいほどの愛でいっぱいにして。  はやくあんなやつ忘れさせて。  はやく、忘れたいんだ。  胸を焦がす愛を、否応なく惹かれる心を、何者よりも愛おしいと想ってしまう未練を――。

ともだちにシェアしよう!