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言うだけ言うと、ヴィンセントは多少すっきりとした面持ちで帰っていった。古書と様々な疑問を残して。
未だに外は、雨が降り続いていた。
「あ、傘」
エヴァンの隣で聞いていた話がぐるぐると頭を巡り、ついぼんやりとしていたせいでいつもは気が回ることも気が付かなかった。
「ヴィンセントさんに傘渡してくる」
サンダルを引っ掛けて自分の傘ともう一つ傘を持って外に出た。
「ヴィンセントさん!」
革のカバンで雨を防ぎながら歩いている背中を追い、傘を差し出した。
「これ使ってください、風邪引いちゃいますよ」
「レオ……ありがとう」
雨に濡れ、ヴィンセントは力なく微笑む。
「あの……クラウと無理に話させてしまってごめんなさい!」
もとはと言えば俺のせいだった。
二人をくっつけようと躍起になって、話す場を設けてしまった。そのせいで、今度こそ二人が再び付き合う余地も無くなってしまった。
「謝らないで。また彼と会えたのは君のお陰だから」
傘を広げて、ヴィンセントは微笑む。その笑顔に胸が締め付けられた。
「ずっと何度も会おうとしては、勇気が出なくて諦めていた」
クラウディオを想っているとはっきりわかるほど、ヴィンセントは穏やかな表情を見せる。
「コンサートに足を運んで、テレビや雑誌で彼の姿を見て、SNSですら追いかけて……バカだよなぁ、こんなに好きなのに直接会う勇気が無かった」
秘密の多いヴィンセントだが、その想いは嘘じゃないとはっきり言える。
「映画ならきっとハッピーエンドで終わるんだろうな、ヴァンパイアの200年の恋。だが現実はこんなものさ。相手は仕事も全力で取り組んで、……恋人もいて、今を生きている。僕だけが過去に囚われたまま、彼に縋り付いて自分を保っている」
雨なのか涙なのかわからないが、彼の頬を伝う水滴が街灯に反射して光った。
「せめてやり遂げないと、彼の邪魔をしないように、後始末をね……そして、彼のことを諦めて……それで、僕は……僕には何が残るんだろう」
眉根を寄せて首を振って、苦しそうに顔を歪める。
誰かを好きな気持ちを諦めるのは、手放すのは、苦しくてどうしようもないことだ。
ヴィンセントの苦心に満ちた表情が胸に突き刺さるようだった。
「今はまだわからない……彼を好きな自分しかわからない」
何か声を掛けたいのに何も出てこない。大丈夫なんて言う資格が俺には無い気がした。同じように傷つけてしまった俺には。
「僕は……」
走ってきた黒いバンのライトに目をすぼめて、ヴィンセントの声が途切れる。
通り過ぎるかと思った車がゆっくりと俺達の横で停止したかと思うと、ドアが開き後部座席から2人の黒尽くめの男達が降りてきた。
真っ先に身構えるヴィンセントに手を伸ばす二人。
「逃げて!」
咄嗟に持っていた傘を振り回して、間に割って入る。
一瞬怯んだもののすぐ傘を掴んで引っ張られ、そのまま奪い取られてしまった。
ヴィンセントは走り出すこと無く立ちすくんでいる。
冷たい雨が降りそそぎ、投げ捨てられた傘が弾んで石塀に当たった。
一人の男が振り上げた拳がヴィンセントに向かって振り下ろされる。
「……っ! ヴィンセントさん、逃げて! 早く!」
慌てて庇いに入り、もろに背中を殴られ痛みが走った。想像していた何倍もの衝撃に立っているのがやっとだった。
俺の張り上げた声に、はっとしたようにヴィンセントが走り出す。
「ちっ、邪魔すんじゃねぇ」
服を掴まれ引き寄せられ、そのまま身体を石塀に打ち付けられた。反動で頭を打ち、視界がグラグラ揺れて痛みに呻く。
バシャバシャと数人が走る音がしていたが、身体を動かすことができずその場に座り込んだ。
争い合う様な音がしていた。
どうにかして助けないと。
死亡者の出た事件もあったという話が思い出されて、ぞくりと悪寒が走る。
鮮明になってきた視界の中に、ぐったりと項垂れるヴィンセントが男2人に抱えられて車に運ばれるのが見えた。
あぁ、だめだ……行かないで。
どうにか地面を這いながら手を伸ばす。
車内にヴィンセントが消え、男が一人こちらにやってきて胸ぐらを掴んだ。もう片方の手に握られた刃物が冷たく光を反射する。その切っ先が首に充てがわれ冷たさに身がすくんだ。
「いい、そいつは人間だ。……それにまだ利用価値がある、戻れ」
助手席の窓が開き、男の声がした。
その声を聞き、荒っぽく突き放される。
衝撃でまた視界が揺れた。
雨の音がうるさい。車が走り抜け、音が遠くなる。
動かないと、助けを呼ばないと、そう思うのに身体は言う事を聞かなくて、すーっと遠くに行くような感覚がして意識が途切れた。
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