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診察も終わり、一人きりになってしまった。
梅雨入りしてからは珍しくいい天気で、窓の外は澄み切った青空が広がっていた。
身動きを取れず、エヴァンも出払ってしまい気を紛らわせる手段が無かった。ぼんやりと外の景色や病室を眺めては、後悔やさみしさが嫌でも頭をよぎった。
今頃ヴィンセントは無事だろうかと不安が胸を占め、憂鬱になり始めた頃、がらっと病室の扉が開いた。
「玲央、やぁ……大丈夫、じゃないよな」
「父さん!」
予想外の見舞いに驚いてる俺に微笑みかける父さん。
「朝方に一度来たんだが、目が覚めたんだな……よかった。一旦仕事戻ってまた来たんだ」
ベッドの脇の椅子に腰掛ける父さんは、疲れの見える顔で深く息を吐いた。
彼は新聞記者をしている。その仕事は多忙で、抜けてくるのも大変だったろうと察した。
「そっか、ごめん」
「謝ることじゃない、人を庇って怪我したんだってな、ほんとにお前は昔から変わんないな」
父さんはそういうと、手を伸ばして頭を撫でてきた。こんな年にもなって親に撫でられるのは気恥ずかしさが勝ったが、何も言わずにされるがままでいた。
「高校の時もぼろぼろになって悠真 くん、つれてきたっけ。いじめっ子から守ったんだって」
「そんなこともあったね。なつかしい」
「ほんとに……」
父さんは明るく笑ってたかと思うと、また深くため息をついて続けた。
「人を助けるのも立派なことだけど、自分の身を守るのも忘れないでくれよ。父さんだけじゃなくママも……みんな悲しむからさ、お前がいなくなったりしたら」
「うん、ごめん……」
「たまには自分のことだけ考えたっていいんだ。……って、父さんが言えた義理じゃないけどな」
父はそう言って眼鏡の奥の瞳をくしゃりと細めた。
エヴァンにも人のことばかり心配してと言われたけれど、無茶だとわかっていてもつい後先考えずに動いてしまうのは俺の良くないところなのかもしれない。
しばらくして、昼食の時間になり看護師が食事を運んできてくれた。
なんとか父に手伝ってもらい体を起こしたが、利き手の右手を動かすと肩と背中に痛みがあり、父に手伝ってもらいながら食べることになった。
大した怪我じゃないと思っていたけれど、段々と身体の不自由さが身にしみてきた。
「そういえば、色々取りに戻ったんだよ家にさ」
食事中にそう父が切り出した。
「誰かと暮らしてるのか? 服とか本とかお前のじゃなさそうなものがあったが」
「う、うん……」
ご飯を飲み込んで頷く。
そういえばエヴァンのことまだ言っていなかったな。とはいえ、いつまでいてくれるのかも、よくわからないからというのもある。
「水くさいじゃないか。恋人、か? だったら紹介してくれても」
恋人……。
そうであって欲しいとは思う。しかし、実際はやることやってるだけで、いい雰囲気になるだけで、恋人と呼んでいいのかはよくわからない。
エヴァンのことが好きだ。
でも彼の方はどう思っているんだろう。
俺の知っているエヴァンは物静かで好奇心旺盛で、不器用な優しさが愛おしい一人の男性だ。
けれど、彼には公爵という地位があり、政界でも有力な存在らしい上に英雄と呼ばれ、会うヴァンパイア皆がエヴァンに敬意を示していた。今更ながら、そんな彼からしたらただの一般人の、しかも人間の俺なんて気まぐれにからかってる相手だっておかしくない。
それでも、時折見せる態度がからかっているだけじゃないと思わせる。
先程のえらく心配そうなエヴァンの様子を思い出して、無性に会いたくなった。
「その……友達を泊めてて」
「もしかしてエヴァンさんがそうなのか?」
「え? エヴァンに会ったの?」
「あぁ、朝に来たって言ったろ。その時にな。お前が倒れているところを発見して救急車呼んで、心配して付き添っていてくれたみたいで」
父の話が本当なら、昨晩からずっと俺が目覚めるまでここにいたのだろうか?
エヴァンがそんなにも俺を心配していてくれたんだと実感が湧いてくる。
「お礼ちゃんとしたかったんだが、もう帰ったのかな」
「事件のことで刑事さんと話していて、今はいないんだ」
「そうか。後日、改めてお礼をしないとな」
父は一瞬黙り込み、そして自嘲気味に首を振って笑った。
「てっきり、その……恋人なんだとばかり。早とちりしてすまないな」
その言葉にどんな反応をしたらいいかわからなかった。早とちりじゃなければ、俺の一方通行の想いじゃなければいいのにと、そんなことばかりが浮かんでしまう。
「……もしいい人出来たら、ちゃんと紹介するから」
「うん。お前が好きになる人なら間違いない」
屈託なく微笑む父の何気ない一言に、少しだけ勇気を貰った。
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