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 日が落ちて昼間の暑さも多少和らいだ。それでも、あの凄惨な光景は頭にこびりついていた。  愛する人を失う恐怖を久良岐もヴィンセントもクラウディオもみな、それぞれ感じていたはずだ。  考えないようにしようとは思っていたが、俺が何もしなければ、クラウディオはきっとヴィンセントと再会することも無く、今も久良岐との関係は続いたままだったのではないだろうか。  俺が変に首を突っ込まなければ、怖い思いをせず、激情にかられて人を傷つけたりすることも無かったのではないか。  ヴァンパイアだったから無事だっただけで、もし二人が人間だったら――。  過ぎたことを考えても意味はない。そう、自分に言い聞かせるしかなかった。  警察署での事情聴取を終えて、やっと疲れ切った様子のヴィンセントが取調室から出てきた。 「ヴィンセント……っ」 「あぁ、クラウ……」  長椅子から立ち上がったクラウディオが駆け寄り、二人は抱きしめあった。  その様子を眺めながら、どこか複雑な気持ちが胸を占めていた。 「レオ」  肩越しに目が合って、ヴィンセントに微笑みかけた。 「怪我はもう平気なのか? レオ」 「うん、俺は大丈夫」 「君が居てくれて本当に良かった、ありがとう」  ヴィンセントは長椅子に座る俺の足元に跪き、膝の上の手をひしと握りしめた。 「そんな、俺は全然なにも……むしろ自体をややこしくしてるんじゃないかって」  隣にクラウディオが座り、俺とヴィンセントの手を包み込むように掌を重ねた。 「レオ。お前が初めて会ったあの時に私を受け入れて、助けようとしてくれなければ……こうして自分の気持ちや自分自身に向き合うことなんてできなかったはずだ。感謝してる……罪の重さから目を逸らさずにいるのは辛いけれど、今度こそ乗り越えていきたいんだ」  クラウディオはまた静かに涙を流していた。透き通るような青色の瞳を細めて、柔らかく微笑む姿が美しかった。 「バカな話だけど、こうして手を差し伸べてくれる存在が無ければ、僕は僕の想いに蓋をしたまま、気付かないふりをこれからも続けていったと思う。それに、今までも死にかけたことは何度もあったが、恨みを一身に受けて初めて死への恐怖を感じた気がする。身動きできないまま、クラウまで傷つけられるんじゃないかって、怖くて仕方なかった」  ヴィンセントまで薄っすらと目を潤ませていた。 「クラウにどんな気持ちをさせていたのかやっとわかったような気がするんだ。何百年も生きてきて初めてね。追い詰められないと何も学ばない生き物なのかも知れないね、我々は。……今のこの思いを忘れないうちに、レオ、君の勇気と君との友情に誓って、もう二度とクラウディオを離さないと誓いを立てたい」 「ヴィンセント……」  二人が見つめ合う姿を眺めながら、知らず知らず涙が溢れ出した。  やっと彼らの思いが通じ合った事への喜びを感じるのと同時に、胸を占めていた後悔や不安が和らいだ。 「私も逃げない。ヴィンセントが、レオが側に居てくれるなら、きっとどれだけ苦しみや辛いことがあっても、乗り越えていけるよな……?」 「うん! 二人が笑顔でいられることを願ってるよ」  二人が再会したあの夜のことを良く覚えている。  誰よりもお互いのことを想い合ってる二人を知っている。きっと、もう大丈夫だ。 「渡辺くん」  ナサニエルと四方が並んで歩いて来た。彼らも立て続けの捜査に疲れを見せ、そして何よりもその浮かない表情に息が詰まった。 「古書と引き換えに交渉できることになった」  四方の言葉にひとまず安堵した。交渉できるということは、エヴァンはまだ生きているということだ。  久良岐は、この一月(ひとつき)ほど、クラウディオの為にヴィンセントの情報を集めていた。その最中にエクリプス・オーダーのメンバーであり、エヴァンの姉でもあるマヤと知り合ったらしい。クラウディオを失うことを恐れた久良岐は、最終的にヴィンセントを殺すことを条件に彼らに協力をしていた。計画に狂いが生じ、またエヴァンの身柄を確保したことでヴィンセントへ執着する必要が無くなったエクリプス・オーダーは、拷問の末に弱った彼を久良岐に預け、この場を立ち去っていったということだった。  数時間経過し、落ち着きを取り戻した久良岐の協力があり、直接マヤへ連絡を取り、交渉の機会に繋がった。 「今夜、公園で落ち合うことになっている。ただ……」  四方は頭を掻いて言い淀み、ため息をついた。 「待ち伏せしている場合は応じないとのことで、警察を配備するにしても距離を置いた道に配置するしかない。人数も最低限で、古書を持ってくるのは……渡辺くん、君でなければいけないと」 「俺、ですか」 「あぁ、一般人の君にこんなことを頼むのは忍びないが、ナサニエルが同行する」  見上げると、ナサニエルは静かに微笑んだ。 「必ずエヴァン様も君も守ってみせる」  鍛え上げられた肉体や、落ち着いた表情からも彼の強さは感じ取れた。ヴィンセントを救った時の様子を見るに、魔法の心得もあるようだった。  心配するヴィンセントやクラウディオを置いて、俺はナサニエルと二人、待ち合わせ場所の公園に向かった。

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