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 車を降りて、集真(あづさ)公園の中に入っていった。視界いっぱいに満開のあじさいが咲き誇る光景は、こんな風に緊張する瞬間でもなお美しい。 「では、何かあればすぐ連絡する」  待機している四方への無線を切りナサニエルが先導した。  夜闇の中で、低木の隙間から望む港は煌めいて見えた。景色に気を取られながらも、カバンに入れた本の重みを肩に感じながら公園の奥へと歩みを進めた。  ふと、向こう側から歩いてくる人影が見えた。  遠くからでも目が合ってすぐ彼だと気付いた。 「エヴァン……!」  駆け出しそうになり、ぐっとナサニエルに肩を掴まれた。 「やぁ、こんばんはレオ……それからなんと、アリスのナサニエル・アシュトンじゃないか」  ほんの数メートル先で足を止めたエヴァンの横に立つ男がそう声を張り上げた。黒い外套に身を包みフードを被っているのもあり、男の顔ははっきりとは見えない。彼らの後ろには昨夜会ったマヤも立っていた。 「約束通り、俺と渡辺くんだけだ。まずはエヴァン様を解放してもらう」  ナサニエルが俺の前に出てそう言った。  語りかけられた男はくつくつと笑い声を漏らし肩を揺らした。 「いやぁ、つくづく運が良い。悩ましいくらいに」  緊迫した場面に似つかわしくない態度に緊張感が走る。 「僕はあなたに会いたかった。あなたを手に掛ける日を楽しみにしていたんだ。ふふ、それがまさかのこのことやってくるとは」  パンっと破裂音が響き渡り、ナサニエルが膝をついた。  一瞬何が起きたのか理解できなかった。ナサニエルに近づくと彼は腹部をおさえ苦痛に顔を歪めていた。経験したことは無かったがそれが銃で撃たれたからだと直感的に理解した。傷口を抑える手元が淡く光り、彼が治癒魔法を使っているのがわかった。 「いくらお前が最強と謳われるヴァンパイアの血を分けられた存在とはいえ、油断しすぎじゃないか? お前を殺そうって目論んでる奴らの前にやってくるなんて。マヤ行け」  男が言ったが早いか、マヤが視界で捉え切れないほどのスピードでナサニエルの前に飛び出し彼を蹴りつけた。俺を背にしているナサニエルはそれを両腕で受け止め、呪文を呟いたかとおもうと次の瞬間には突風が吹き抜けマヤの身体を押し返した。さわさわとあじさいの木々が揺らめき、その風で男を包んでいた外套がはためきフードが外れた。  街灯の下に晒され、彼の容姿がはっきりとわかった。パーマのかかったダークブラウンの髪の毛に、エヴァンよりもずっと明るいスカイブルーの瞳。二十代くらいの若い白人男性。確かに彼を見たことがあった。 「ロス! なんであなたが……」  驚いているのは俺だけではなく、彼に腕を掴まれているエヴァンもだった。  暗い中とは言え、見間違えるはずがない。彼は何度と無くルブロ・リブラの使いとして我が家を訪れていた人物だったのだから。バーで歓談を楽しんだことだってあった。  それがなぜ、この場にいるのだろう。 「ルブロ・リブラも温い組織だよな。簡単だったよ、入れ替わるのは」  銃口をまっすぐと俺に向けたまま、ロスは言葉を続けた。 「僕はマークだ。マーク・デヴィッドソン。エクリプス・オーダーの創設者で彼らを率いるもの。残念だが、本物のロスは森の中で安らかに眠っているだろうよ」  マークはそう言って、にやりと嫌な笑みを浮かべる。 「さぁ、こっちに来るんだレオ。愛しのエヴァンの元に」 「だめだ! 行っちゃ、くそっ」  引き止めるナサニエルを足止めするように、マヤがまた飛びかかり、彼を力任せに突き飛ばした。殴り合いながらも時々魔法の光がちかちかと灯る。 「さぁ、レオ」  マークの声に振り向き、ゆっくりと彼らの元へ向かった。  エヴァンの心配そうな、どこか悔しそうな顔を見つめながら足を進めた。きっと彼のことだから、放っておいてくれたらいいのにと思っているのだろう。だけど、彼を助けられるなら俺は何だってして見せる。  安心させるようにエヴァンに微笑みかける。大丈夫きっとまた、なんとかなるはずだ。 「本をこちらに」  彼らの直ぐ側まで来て足を止め、言われるままに本をカバンから取り出し、彼に差し出した。  これを巡って様々な組織や人が動いていたことは知っていた。この本を渡すことが、エヴァンやヴィンセント、ヴァンパイア達にどのように影響するかまでは理解し切れてはいない。けれど、どう天秤にかけてもエヴァンの命の方が俺にとっては大事なんだ。  マークは古書を受け取ると装丁を眺め、エヴァンに見せた。 「これで間違いないな?」 「あぁ、間違いない……、っ!」  俺から視線を逸らした一瞬の隙をついてエヴァンは力任せに体当たりし、不意打ちを食らったマークは後手をついて倒れた。エヴァンが拳銃を握っていた手を蹴り上げ、マークが呻き声を漏らす。緩んだ手から飛んでいった銃を踏みつけ、彼はマークを見据えながら俺を庇うようにして眼の前に立った。 「エヴァン!」  思わず彼に抱きつく。見上げると柔らかく微笑む姿に安堵して、薄っすらと涙が滲んだ。 「くそ、こっちが穏便に済まそうとしてやってるってのに」  マークがよろよろと立ち上がり呟いた。 「穏便? 初めに攻撃したのはそちらだ」  エヴァンは怒りを滲ませた低い声で言い放つと、腕を縛っているロープを力任せに引きちぎった。彼もヴァンパイアなのだと、人間では無いのだと改めて思い知らされる。  自由になった手で足元の銃を拾うと弾倉を抜き取り、スライドを引き弾を抜くと無造作に地面に投げ捨てた。  呑気に外套の土埃を払うマークをエヴァンはまっすぐと見据えた。 「エヴァン……!」  マヤが背後から殴りかかってきた。  エヴァンが俺を抱き寄せながらそれをかわす。  更にマヤが追い打ちをかけ、魔法の光が見える。とても避けられる距離ではなく、エヴァンは俺をかばいながら背中にもろに電撃を浴びた。  苦痛で顔を歪めるエヴァンが、いつになく険しい表情でマヤを睨みつけた。 「あなたの苦しそうな顔を見るのたまらないわ。じわじわ苦しめるほうが好きだけれど、そうも言ってられないから……、ごめんなさいね」  ひときわ強い光に目がくらみ、そこから溢れ出す風が吹き付ける。  その背後からナサニエルが飛び出し、光を反射して彼の手の中の短剣が煌めいた。 「邪魔なのよ!」  咄嗟に手のひらをナサニエルに向け、エネルギーが解き放たれる。勢いよく彼の筋肉質な身体が吹き飛んだ。あんなものをもろに食らったら無事ではいられないだろう。 「さぁ、邪魔者も消えたことだし次は」  視線を外したところを狙って、エヴァンが飛び出し殴りかかった。無駄のない動きで魔法を発動させる隙を与えない。 「随分鈍ってるんじゃない!」  しかし強力な一撃がもろにエヴァンの腹部に入り、片膝を付き動きが止まる。 「エヴァン!」  マヤは再び魔法を発動させようと手をかざした。

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