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 咄嗟にエヴァンの前に立ち、手を広げていた。  花火を彷彿とさせるような光の筋が彼女の手の中で弾けていた。 「どきなさい、ぼうや。無意味に死ぬことは無いのよ、そんな虫けら同然の男を庇う必要なんてない。すべて夢だと思いなさいと言ったでしょう」  諭すようなマヤの言葉に首を振った。 「俺は何もできないけど、エヴァンを守れるだけ強くないけど……それでも何もしないなんて無理なんだ。エヴァンのことが好きだから」 「騙されてるだけよ。ヴァンパイアは、聞こえのいいことを言って人間を利用するだけの生き物だと教えたでしょう? その子がどれだけ薄情か、残酷な男か……」 「エヴァンは薄情なんかじゃない! 少なくとも俺にはそう見えないよ。優しくて、人を傷つけることを怖がって閉じこもっちゃうような、繊細で不器用な人だよ」 「あなたになにがわかるのよ? ほんの数週間一緒に過ごしただけでしょう? 彼は何年も何百年もともに生きてきた家族を裏切ったのよ! 父上を殺したのよ!!」  顔を歪ませて声を荒げるマヤ。  彼女が言うように、エヴァンと出会って、まだまだ日は浅い。それでも近くで彼を見て話してわかったことは確かにある。 「うん、殺したことが事実なら、そのことを肯定は出来ないよ。それはきっと彼自身も理解してる。けどね、エヴァンはお父さんの話するときにね、すごく優しい表情をするんだ。寂しそうな、懐かしむようなそんな表情を……」  エヴァンが後ろから俺を抱きしめた。 「レオ、もういいんだ」  彼を見上げると、まばゆい輝きを映し群青の瞳が揺れていた。穏やかに微笑んでいた。 「ずっと、あなたに話しても無駄だとそう思っていたが、マヤ……少しだけ、俺の話を聞いてくれ」  彼の冷たい手をそっと握ると、力強く握り返される。  マヤは涙を流しながら黙ってエヴァンを見つめていた。その間も彼女の手の中で火花が渦を描き瞬いていた。 「血の審判と呼ばれるあの事件の際、俺は王の腐敗を説き、反旗を翻す父上の思想に反対していたわけではなかった。だが、父上の野望はそれだけではなかった。彼は各地のハンターを焚き付け、ヴァンパイアの集落や隠れ家の情報を流し、同胞の殺戮を許した。政権を担っていた議員や有力な貴族だけではない、一般市民をも巻き込んでいた。……あまりに理解しがたかった。まるで……まるで、ヴァンパイアを殺すことが目的のように俺には見えた。実際、そうだったんだと思う」  エヴァンの話に動揺を見せるかのように、光が弱まっていった。 「……都合のいい解釈よ。父上は必要な犠牲だと言っていたわ。きっと私達が理解できないような計画があったのよ」 「俺もそう思った。だが、父上が……彼を止めに入った者の胸を剣で貫き、その生き血を浴びながら嬉々としている姿に違和感を覚えずにはいられなかった」 「そんな、そんなの思い込みでしょう。目的を果たせた喜びに過ぎないわ」 「そう、……思いたかったさ」  俺を強く抱きしめると、エヴァンは身体を離しマヤの方へゆっくりと歩みを進めた。 「血の審判のあと、俺は父上……セリウス・ドラコという男について詳しく調べた。調査の最中、王と話をする機会があった。遥か昔、ヴァンパイア・ハンターの討伐でその地位を確立していった王は、度重なる討伐で生まれた孤児のうち数名を引き取って眷属や同胞にしたそうだ。その際にヴァンパイアにしたハンターの子の一人が、セリウスだった」  明滅する魔法の光を反射して、マヤの頬の涙の跡がきらきらと輝いた。 「……彼は自分の親をヴァンパイアに殺されたんだ。王に殺されたんだ、一族もろとも」 「そんな話、一度もしてくれなかったわ」 「あぁ、俺も王に聞くまでは知らなかった話だ。積もり積もった恨みの末路が反逆だと、無差別な殺戮だと、どうしても俺にはそう思えてならない……誰よりも家族を愛していた彼だからこそ」 「だからって! あなたが父上を殺していいってことにはならないのよ!!」  マヤがエヴァンの胸ぐらを掴んで悲痛に叫ぶ。 「あぁ、そうだ。ただ、俺は……俺は彼の息子として彼を止める責任があると思ったんだ」 「だけど、私は……」  泣き崩れるマヤの肩にエヴァンが手を置いた。 「俺を好きなだけ恨んでくれていい。当然のことだ。いくら言い訳しようとこの手で殺めた罪は消えない」  自分の家族が、父親が間違いを犯した時に止められるだろうか。信頼し愛している人の罪を背負えるだろうか。  途方もない痛みの上に彼がいるのだと改めて思い知らされる。  彼が多くのヴァンパイアの命を救った英雄であることは事実なのだろう。それでもエヴァン自身にとっては、それは生涯背負い続ける罪と後悔でしかないのかもしれない。  エヴァンの辛そうな背中に手を伸ばす。  おこがましいとわかっていても、彼の苦しみを一人で背負わせたくなかった。 「……お涙も頂戴したことだし、大団円といこうじゃないか」  後ろから腕が伸びてきて身体を押さえつけられ、首元に冷たいナイフの刃先が当たった。 「マーク! レオを離せ、部外者なんだ!」  咄嗟に振り返ったエヴァンが声を張り上げる。 「ここに来ている時点でその理屈は通じない。さぁ、大人しく来るんだエヴァン。応じないならば、お前もレオも殺す」  急かすように、パトカーのサイレンが遠くから段々と近付いてくるのが聞こえた。 「さぁ、はやく! マヤ、彼を捕らえろ!」  流石に若干焦りを滲ませるマーク。しかし、マヤは泣き崩れ、どうするべきか意志を揺らがせているようだった。 「我々の目的を忘れたのか! ヴァンパイアの起源を揺るがす内容がここにはあるんだろう。ヴァンパイアが人を従える為の契機になるんだ! お前を捕らえ、兄弟を殺した貴族たちの顔を忘れたのか? 彼らの地位を奪い没落させ、命をも奪おうとしていた執念を思い出せ!」 「マヤ、それだけが道ではない。出来る限りの恩赦を俺が王に直接頼もう」 「エヴァン……私は」  マヤはマークとエヴァンの顔を交互に見て首を振った。そして意を決したようにエヴァンを真っ直ぐと睨みつけた。 「私だけ、今更戻ることなんてできないわ……反逆者の名を兄弟達に、父上だけに背負わせるわけにはいかないの。私は、私は……!」  彼女は、泣きながらまた手のひらをエヴァンに向けた。一際まばゆく強い光の粒子がそこに集約していく。 「それでいい、マヤ! 裏切り者を、仮初の英雄の首を掲げて革命の象徴としようじゃないか!」  嬉々として笑いを滲ませるマークのもとに真っ直ぐと何かが飛んできて、彼の腕を掠めていった。 「――っ! あああああ!!」  途端に断末魔が響き渡り、マークは手にしていた本を放り投げ、腕を押さえてうずくまった。尋常じゃない彼の様子に怯みつつも、解放された隙に転げ落ちた古書を慌てて拾い上げた。 「くそハンターめ、銀を使いやがったな……よくも! よくも!!」  マークの怒号が響き、手にしたナイフが振り上げられる。 「レオ!」  エヴァンに手を引かれ、彼の身体に包みこまれた。

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