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 闇雲なマークの攻撃がエヴァンの肩から背中を引き裂き、血が溢れ出した。ぽたぽたと飛び散った血が頬に掛かり息を飲んだ。 「え、エヴァン……」  必死で俺を庇う彼の腕の中で呆然とするしか無かった。 「いやっ、離しなさい! マーク避けて!!」  次の瞬間にはマヤの声が響き、強い閃光が真横を通りマークに直撃した。しかし即座に外套を盾に防ぎいなされ、彼は血の溢れ出る左腕を抑え込みながら苦々しい表情で立ち尽くしていた。 「くそっ、どきなさい! 教会の犬がっ、この……はなし……」  ナサニエルによって地面に抑え込まれ、喚き続けるマヤの声が次第に小さくなる。魔法を使われたのか意識を失ったのが見えた。  ブーツから短剣を引き抜き立ち上がったナサニエルは、丸腰で険しい表情をするマークへ真っ直ぐと距離を詰めた。 「ここまでだマーク。大人しくすればこれ以上傷が増えることはない」 「ナサニエル・アシュトン……いずれ必ずお前の首を取る。例えどれだけの犠牲を出そうと、お前の我々を、ヴァンパイアを侮辱するような行いを止めて見せる。驕った悪逆の全てを悔いるが良い」  マークの低くくぐもった声がその恨みをひしひしと感じさせた。 「そう思われるのも至極当然のことだ。非道な行いをした罪は消えることはない。……だからこそ、もう無為な死を生まないように、今のアリスがあるんだ。さぁマーク、無駄な抵抗はやめて降伏するんだ」  ナサニエルは冷静な声でそう返し、掌を彼に差し出した。  ひりついた空気が流れる中、突風が吹き抜けた。一瞬目を離した隙にマークの後方から黒尽くめの男達が十数人現れたかと思うと、彼を守るように囲い込んだ。 「また会おう、ナサニエル」  サイレンの音が反響し、ぞろぞろと警察がやってきた。  それを背にマークと黒尽くめの男たちはこの場を去っていった。  警察が後を追い、ひりついた空気もやっと解けた。  だが息をついたのも束の間、抱きしめて守ってくれていたエヴァンの息遣いが荒くなるのを感じてはっとした。 「エヴァン、血が……」  背中を大きく切り下ろした傷口からは血が溢れ出していた。生ぬるい血液が手を濡らし、どうしても不安が胸をざわめかせた。 「エヴァン様、今治療を」 「いい……マークを追いかけろ」 「……はい!」  マヤを他の警察に引き渡し、駆け寄って来たナサニエルは、エヴァンの声に返事をするや否やマークが逃げていった方向へ駆け出していった。 「そうだ……血を、血を飲んでよ。そしたら早く良くなるでしょ?」  昼間のヴィンセントの弱りきった姿が脳裏にちらつき、嫌でも焦燥感に駆られた。 「……もう少し待てば、良くなるから」 「でも、……お願いエヴァン」  必死で彼の背中を押さえながら涙を溢れさせる俺を見て、エヴァンはふっと笑った。 「心配性だな」  首筋に苦しそうな吐息が当たる。 「だが、そういうところが好きなんだ」  耳元で聞こえた言葉を聞き返す間もなく、首筋に牙をたてられた。  一気に身体が火照り、否応なく快感が突き抜ける。自分で言っておきながら、こうなることがすっかり意識から抜けていた。周りを行き交う警官にバレないように、エヴァンに抱きついて必死で声を抑えた。 「ん、ふ……」  ヴァンパイアの魔力のせいとは言え、こんな状況なのに情欲に絆されてしまうことに羞恥心を覚えた。エヴァンに抱きついて触れ合っている部分も、風が頬を撫でる感覚にもぞくぞくしてしまう。 「あー、すまないエヴァンさん……」  近くに来た四方に声を掛けられ、びくんと体が跳ねた。  心臓がはち切れそうなくらいどきどきする。  エヴァンが唇を離し、噛み跡を舐められ、快感が背筋を突き抜けた。 「出来れば、事の経緯を詳しく聞きたいのだが」 「あぁ。だが、移動しながらでいいか?」  随分と声にも張りが戻り、徐々にエヴァンの血も止まっていった。  俺を抱えあげて立ち上がったエヴァンが、四方と話しているのを聞きながらも、身体の火照りを抑え込むのに必死だった。思慮の足らなさを恨みつつ、それでもエヴァンがこうして無事に生きていることが心の底から嬉しかった。  四方の車に乗り込み揺られどれくらいたっただろう。  必死に堪えれば堪えるほど敏感になる身体を持て余し、ぼんやりしているうちにエヴァンに連れられてホテルに来ていた。  血で濡れた服を脱がされ、シャワーの温かいお湯が身体にかかる。 「あ、んぁ……!」  ボディソープで血まみれの手や身体を洗われて、やっと与えられる直接的な刺激に頭がおかしくなりそうだった。  湯気で曇る視界の中にエヴァンの美しい肉体が見え、彼のごつごつした手が俺の昂った熱に触れる。我慢し続けていたせいで、苦しいくらいの快感が身を焦がす。  たった数回扱かれただけで、抑えようもなくあっという間に果ててしまった。  満足感に包まれて、恍惚とする俺の唇を塞ぐエヴァンの吐息を感じて、やっと彼が無事なんだと実感が湧いてきた。  彼が連れ去られるのを止められなかった時から、ずっと気が気でなかった。  無事だと思おうとしつつも、もしかしたらという考えが頭をよぎっていた。  もう手遅れだったらどうしようという不安を必死に抑え込んでいた。 「……泣いてるのか?」  シャワーを浴びているからバレないかと思ったのに、安堵の涙を一瞬で見抜かれてしまい、笑みが溢れた。 「エヴァン……無事でよかった」  彼の首に手を回して、もう一度唇を重ねた。  近くで見下ろす深い青色の瞳は、まっすぐと俺を映し出す。  身体が落ち着くまでバスルームで触れ合い、ゆっくりと時間が過ぎていった。  ホテルの窓からは港を一望でき、暗い夜の海が広がっていた。  景色を眺めてぼーっとしていると、後ろからエヴァンが俺を抱きしめた。 「すまない、またお前を巻き込んでしまった。……怖い思いをしただろう」  彼に身体を預けうっとりと目を閉じた。 「うん。でももう平気だよ。エヴァンがいてくれたら、それで大丈夫だから」  彼がここにいるだけで、不思議なくらいに落ち着く。 「エヴァンが無事で本当によかった」  声に出し、そしてもう一度心のなかで繰り返した。  彼がここにいてくれることが、こんなにも幸せなんだ。

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