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★エヴァン
レオが眠りについた後、バルコニーに出た。
夜空には月が輝き、暗い海の水平線が遠くに見えていた。
「いやぁ、そうでしたか……それはそれは、心よりお詫び申し上げます」
電話の向こうの間延びした声色は相変わらずだった。
「しかし……私が申し上げるのは些か問題があるかも知れませんが、ルブロ・リブラの人員との間にあるのは、あくまでも利益追求のための契約です。忠誠も誓いもありません。ただ信用と実利こそが我々の美徳であることは公然の事実。それを汚した者への訴追は免れられません」
「あぁ。悪いがスブ・ルナへも、王へも報告はさせてもらう。いくらルブロ・リブラが中立を謳っているとはいえ、もし事件への一端を担ぐことになると知りながらも情報を流していたならば、それを罪だと呼ばずにはいられない」
「もちろんでございます。獣の匂いがついた店内は清め、私の直近のものを配備いたしますので、どうぞ引き続きグレイマルキンをご贔屓に」
マクベスは動揺するでもなく、臆するでもなく変わらぬ調子で続けた。
「しかし、まさかマヤ様がいらっしゃったなんて、運命とはかくも数奇なものですな」
彼が言うように、俺もこうして再び会うことになるとは思わなかった。
以前殺されかけた時は、まともに話を聞くでもなくひたすらに暴行を受けていた。一方的に苦しめられるばかりだった。
俺は抗うことも、語りかけることも諦めて、ただされるがままに苦痛に耐えていた。
肉体的な痛みなど、あの日から胸を締め付けていた苦しみに比べれば、ずっとマシだと思っていた。
いっそこのまま命を奪ってくれと、そんなことまで考えていた。
『エヴァンは薄情なんかじゃない! 少なくとも俺にはそう見えないよ。優しくて、人を傷つけることを怖がって閉じこもっちゃうような、繊細で不器用な人だよ』
いくら時間が経とうと、善行を積もうと、犯した罪は消えない。
それでも、あんな風に必死に庇って貰えるだけで、それだけで、やっと何かが許されたような気持ちになれた。
何度も何度もレオは俺を助けようとした。
無茶だとわかっていても身を投げ出してしまう姿にいつも心を動かされた。
レオと初めて会った時もそうだ。
暴行を受ける俺を、話したことも無い俺を見過ごさずに手を引いてくれた。
飢えて弱っていた時も、ヴァンパイアだと知って怖がりながら、身体を差し出した。
初めは理解できなかった。なぜそこまでするのか。
きっと「仲良くなりたいから」とか「タイプだから」なんてのは後付けの理由で、彼にとっては助けなくていい人なんていないんだろう。
「エヴァン様?」
「あぁ。……一つ頼みがあるんだ」
「はい、なんなりと」
レオのようにというのは難しいけれど、それでも俺は俺に出来る最善を尽くしたい。
目を背けるのも逃げるのももう終わりだ。
「ええ……では、マクベスめにお任せください。公爵様直々のお願いとあらば、全力で務めさせていただきます」
「あぁ、頼んだ」
電話を切り、息を吐いた。
潮騒がここまで響いてくるような気がする。
数時間前までの喧騒が嘘のように静かな夜だった。
振り返りガラス窓越しに室内を覗くと、レオが穏やかな表情で眠りについていた。
「……」
この平穏な夜が永遠に続けばいいのにと、柄にもないことを思う。
潮風が吹き、髪をなびかせた。
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