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エヴァンが帰るまであと数日。
どうにか時間を合わせて一緒に映画を見ることにした。何でも良かった、最後に彼と思い出を作りたかった。
実家で告白したあの夜から、時間を惜しむようにエヴァンとの距離は近くなった。
お互い仕事やなんやで限られた時間しかないのが悔やまれた。
仕事終わりに真っ直ぐ映画館に向かい、エヴァンを待つ。
クロオンの初の実写化映画。エヴァンは漫画もアニメも楽しんでくれていたから、映画も楽しんでくれたらいいけど。
手にはチケットが2人分。公開してから数日経っていて、真ん中の席がとれてラッキーだった。
そういえば、エヴァンと初めて出会ったのはこのあたりの歓楽街だったなと思い出す。
珍しく飲み会に行って、その帰りだった。たまたま次の日、正樹との留守番を頼まれていたから、早めに一人で抜けて帰る道すがら、追われているエヴァンとぶつかった。そして思わず身体が動いて、彼を家まで連れてきてしまって――。
今思えばなんて大胆な行動を取ってしまったんだろうと思う。
だけど、そのお陰でこうしてエヴァンと仲良くなれたんだもんな。
行き交う人をぼんやりと眺めながら彼を待った。
数分後、待ち合わせの少し前、人混みの中にエヴァンを見つけ手を振った。彼は俺を見つけると微笑んで足早にやってくる。
「待ったか?」
「ううん、俺も今さっき来たとこ」
「そうか」
「うん! チケット先に買っといたよ」
「ありがとう、レオ」
そんなありきたりな会話を交わして、チケットを一枚手渡しながら思わず笑みがこぼれた。
「どうかしたか?」
不思議そうなエヴァンに首を振って見せる。
「ううん。ただ、エヴァンとこんな風に普通の会話してるの、なんか不思議だなって」
待ち合わせして、デートして――そんな当たり前のことを飛ばして一緒に暮らしていたから。
「そうだな、たしかに」
エヴァンはそう言って目を細めた。どこか気後れするような笑みに胸が締め付けられた。
このままずっとこんな風でいられたらいいのにな、なんて嫌でもそんな思考が掠めて頭を振った。
「時間そろそろだよね。ポップコーンと飲み物買いに行こ」
今はただ楽しまなければ。エヴァンといられる時間を。
映画は期待以上に面白かった。
マンガやアニメの実写化は当たり外れのあるイメージだったけれど、原作へのリスペクトも感じるような仕上がりでかなり満足できた。
映画館を出てからもずっと感想を話し合った。
エヴァンは映画自体もかなり久しぶりに見たらしく、技術の進歩にも驚いたそうだ。
帰りのタクシーを待つ間、ぼんやりと夜でも人の行き交う街を眺めた。
「そういや、エヴァンと出会ったのこの辺だったよね」
「そういえばそうだな」
エヴァンは、ふっと微笑む。
「どうしたの?」
「いや」
しばらく穏やかな表情をして、そして俺を見て口を開く。
「あの時は、一念発起して日本に来たはいいが、外に出ること自体久しぶりでかなり参っていたんだ。その上事件に巻き込まれて……」
遠くの建物を見つめながら、そっと手を握られた。
「あの時、レオが現れて、どれだけ救われた気持ちになったか」
「そんな……大げさだよ」
「ありがとう。お前にはいつも助けられてばかりだ」
暑さの残る夏の夜。
ひやりとした彼の手をぎゅっと握り直した。
「俺だって、エヴァンと出会えて、すっごく幸せだよ」
彼を見ると目が合って、どくんと心臓が跳ねた。
あの日、エヴァンの手を取って走り出して良かったと思う。
さみしげな辛そうな彼は気づけば奥に潜んで、真っ直ぐとした愛情や不器用な優しさを知った。
群青の瞳が伏せられて、頬に手が触れた。
徐々に近くなる距離に予感し止めることも出来たけれど、流されるままに目を閉じ、唇に柔らかな感触を感じた。
こんな人が行き交う中でなんて、いつもなら引き止めるのに。
誰に見られたって良いって、エヴァンのことだけが頭を占めていた。
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