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エピローグ 1

 本格的な猛暑が続き、今年最初の台風上陸が騒がれた頃。  休日の朝。青々と茂った庭の木や花々に水を掛けながら、朝から強い日差しに目を細めた。  エヴァンが日本を旅立っていってから、もう1ヶ月が過ぎていた。  思っていたよりもずっと、彼との生活は俺の日常になっていたようだ。  縁側の窓辺でぼんやりとこちらを眺めている姿を探しては、もう彼はいないのだと胸が苦しくなった。  蛇口を捻って水を止めて、クーラーの効いた室内に戻る。しんとした部屋では蝉の声がやけに耳につく。  気づくとソファをぱっと振り返るのが癖になっていると最近知った。そこで静かに本を捲る彼を盗み見るのが好きだった。  台所も寝室も浴室も、どこにいても彼との思い出が残っていた。  ほんの一ヶ月、一緒にいただけだと、そう言葉で言えばあっさりしているけれど、どれだけ俺の中で彼の存在が大きくなっていたか思い知らされる。 『いつ戻れるかもわからないから、だから恋人は今日で終わり』  エヴァンが日本を発つ日。  そうはっきりと言い切りながらも、珍しく瞳を潤ませる姿を見せられて、つい涙が溢れていた。 『酷なことかもしれないが、どうか俺を覚えていてくれ……それで俺は、十分だから』  本当は笑顔で見送りたかったのに、そんなの出来っこなかった。  こんなにも大好きで、側にいたいと思ったのはきっと彼が初めてだった。  涙でぼやける後ろ姿も、彼を乗せて飛び立つ飛行機もまだはっきりと覚えている。  いつの間にか日常になっていたエヴァンとの生活が終わり、胸にぽっかりと穴があいたようだった。  連絡を取らない約束をしていたけれど、何度も彼の番号を見つめる夜を過ごした。  空っぽになった彼の部屋で、彼の使っていた布団で眠ってみたり、語り合ったマンガを開いてみたり、いつ戻ってきても良いように掃除もした。  そしてその度に、寂しさと虚しさが胸を引き裂くようだった。  とはいえ、そんな悲しい気持ちをずっと引きずる事を彼が望んでいるわけもないから、仕事に勤しみ、友人や家族と会ってどうにか紛らわそうとした。  忘れたくないという気持ちと行ったり来たりする感情を引きずりながら、日常を繰り返した。 「……はぁ」  ぼんやりとソファに座ったまま、時間が経っていた。時計を見るとまだ10時過ぎだ。  掃除か買い物、アニメだって溜めている。  やることはあるはずなのに、気が乗らずそのままソファに身を投げ出した。  ふと着信音が響いて、テーブルに置いたままだったスマートフォンを手に取った。 「あれ、クラウ?」  発信者の通知をみてすぐに通話ボタンを押した。 「もしもし」 「レオ、今大丈夫か?」  「うん、どうしたの?」  クラウディオとは例の事件後にも何度か連絡を取り合っていて、ここ最近も俺を気にかけて電話をくれていた。 「急なんだが、今夜家に来ないか? ほら、引っ越ししたって言ってただろ、家具の整理もひとまず終わったからどうかと思って」 「いいの? 行きたい!」  クラウディオに招待してもらえるのは純粋に嬉しかった。  迷っても良いように早めに家を出て、引っ越し祝いに何か用意して――そんな風に頭を動かし、準備をして夜を待った。  なにより、彼らに会うと、エヴァンとの生活が夢じゃないと実感できるのだと、そんな不純な動機を忍ばせながら。

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