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 テーブルを三人で囲んで食事をした。  ヴィンセントの手料理は、グルメなクラウディオが太鼓判を押すようにどれも絶品だった。  シンプルなトマトソースのパスタに生ハムの乗った手製のドレッシングで和えられたサラダ、レストランで出てきそうな出来のチキンソテーなど、どれも本格的でかなり美味しい。 「気に入ってもらえたかな?」 「うん、めっちゃ美味しい!」  ヴィンセントは何からなにまで抜け目なく完璧な男だなと感心しつつ、パスタを巻いて口に運んだ。 「昔一緒に暮らしてたときより料理うまくなったんじゃないか? 一体どれだけの相手に振る舞ってきたんだか」  クラウディオは特に拗ねたような表情をするでもなく、言葉だけ棘を含ませて言う。  そんな彼にふふっと笑みを漏らして、ヴィンセントは肩をすくめて見せた。 「最近いつもこんな調子なんだ」 「なんだよ、ヴィニー話を逸らすなよ」  喧嘩腰というわけでもなく、ただじゃれ合うように言い合う二人を微笑ましく思った。 「ん? これから一生食べることになるんだし、美味しい方が良いでしょ?」  しまいにはヴィンセントがそんな風に告げて、クラウディオは満足そうに頬を緩ませた。  どうやら、これを聴きたかったようだ。 「ね、二人はどんな風に出会ったの?」  なんとなく今まで気になっていたことを聞いてみた。 「昔……私の姉の客人として彼が訪ねて来て、そこで出会ったんだ」 「そうそう、クラウは人間だった頃から貴族でね、それは優雅で美しかったよ」  彼の堂々としたところや滲み出る華やかさからも貴族だったというのは、想像に難くない。  クラウディオは満足気に笑みを浮かべ口を開く。 「初めて彼を見たときから、私は心惹かれてしまって。本当に彼っていい男過ぎるでしょ」 「それもわかるかも、身長高いし、かっこいいよねヴィンセントさんって」 「おやおや、褒めても何もでないよ? お二人さん」  褒められて満更でも無さそうなヴィンセントは、そうおどけてみせる。  そして当時の事を懐かしむように目を細めながら言葉を続けた。 「クラウの演奏は当時から素晴らしくてね、その音色にまず心を奪われた。それから、ある晩、彼は命をとして僕を守ってくれたんだ」  ヴィンセントは手にしていたフォークを置くと、ワイングラスを持って口元に運んだ。 「月の出ている夜だったよ。ヴァンパイア・ハンターに襲われた僕を彼が庇ってくれた」 「そんな、ハンターが?」 「ああ、当時は……今よりもずっと簡単に血が流れる時代だった」  ヴィンセントは前髪を掻き上げると、クラウディオに視線を送った。 「その時かな、僕なんかのために命をなげうつような、彼の健気さに心を打たれたんだ」  話を聴きながら思い出すのは、取り乱した久良岐の攻撃を身に受けて、ヴィンセントを庇ったクラウディオの姿だった。  今も昔も、彼の愛は変わらないのだろう。 「ヴァンパイアでいるとね、身体の多少の怪我なんて気にもとめなくなるんだ。それに、僕は、多くの人を利用して自分の研究のためだけに生きていたから……余計にね、慈愛や無償の愛なんてものに弱いんだ」  見つめ合う二人の間には言葉では言い表せない程の愛情や信頼が見て取れた。  お互いを想い合い、そして200年以上もの時を経ても変わらずに愛し合える――。  正直、羨ましかった。  確かな繋がりも、今こうして、隣にいて愛を確かめあえることも。 「クラウをヴァンパイアにすることで一命を取り留めることができた。けれどそのせいで、彼の生活の全てを奪うことになってしまった」  ヴィンセントはグラスを置いて、小さくため息をついた。 「たしかに、私はかなり苦しんだよ、なにもかも嫌になったりもした。けど、ヴィンセントがいつも側にいてくれた。支えてくれた。私が苦悩している時はいつも助けてくれただろ」  気落ちするヴィンセントの掌に、クラウディオが手を伸ばし包みこむ。 「同じだけ、ううん、それ以上に苦しめただろう」 「いいんだ、もう。今、こうして隣にいてくれたら」  無性に泣きたくなった。  二人が再び寄り添い合う姿への安心感からなのか、エヴァンに会えない寂しさにつられてなのかはわからない。そのどちらもなのかもしれない。 「……良かったな、本当に」 「レオ?」 「いくら平気だって言われても、あの事件は俺がみんなにお節介かけてしまったからだって思えてしまって……。だけど、二人が今幸せそうだから……だから、良かったのかなって」  目が潤むのを誤魔化しつつそう締めると、クラウディオが優しく俺に微笑みかけた。 「あぁ、レオのおかげだよ」  ヴィンセントも彼の隣で笑顔を浮かべて見せる。 「レオ、お節介ってのはね、疎まれるような言い方だけど、だけど悪いものじゃないと思うよ。他人に無関心でいるよりずっと、良いことだと思うんだ。結果や過程がどうとかいうことよりもずっとね、意味あることだと知ったんだ。だから……僕のお節介も受け止めてくれる?」 「え?」  突然の申し出に首を傾げると、二人は意味深に微笑む。 「さ、目を瞑って、今会いたい人の事を思い浮かべるんだ」  ヴィンセントの言葉に続いて、タイミングよくインターホンの音が響いた。  期待してはいけないと思いつつも、心臓がどくどくと脈打って仕方なかった。

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