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【ヴィンセント×クラウディオ】イモーテルを君に1
目が覚めると淡い光を感じ目を瞬いた。寝起きの気だるさの中、もぞもぞと布団の中を探るが、ヴィンセントはもう既に起きているのか隣にはいない。
ゆっくりと伸びをして身体を起こしてベッドから出た。
レースカーテン越しにも日差しが強いのがわかる。8月に入り、すっかり猛暑が続いていた。
ベッドルームから出てまっすぐリビングダイニングに向かった。
そこで部屋の奥のダイニングテーブルの上に、昨夜はそこになかったはずの花があるのが目に入った。
淡い紫色のユーストマなど、落ち着いた色合いの花々が花瓶に生けられている。
「おはよう子猫ちゃん」
花に気を取られていると、キッチンで料理中のヴィンセントに声を掛けられた。
カウンターに寄るとちょうど卵焼きを作っていたところらしい。私が日本食が好きだと言ってから、レシピ本片手に練習中らしく、味噌汁のいい匂いもしている。
「おはようヴィンセント。あの花どうしたんだ?」
「綺麗だから買ってきたんだ」
そう、あまりにもあっさりと何でも無さそうに言うヴィンセント。
「なにか……記念日だったっけ?」
不安を口にしてみると彼は穏やかに微笑みながら首を振った。
「ううん、なにもないよ。強いて言うなら、君の仕事復帰祝いとでも言うことで」
「……写真撮ってくる!」
昔からそうだけれど、ほんとにこの人は愛情表現がうまいよなとつくづく思う。何気ない行動で愛されてると思わせてくれる。
「ちょっと待って、何か忘れてない?」
再びテーブルに向かおうとするとそう言って引き止められた。
「なにって、なんだ? 何か……」
「ほら、おはようのキスがまだだよ」
そう言って微笑む彼の柔和な笑みにまた胸がいっぱいになった。
この感じ、懐かしい。
以前二人で暮らしていたときはいつもしていたっけ。
あれから果てしない時間が流れてしまった。それでもまたこうして同じ時間を隣で過ごせる。そんな幸福を噛み締めながら彼の横に駆け寄り、首に手を回してキスをした。
ヴィンセントと暮らし始めて数日が過ぎた。
大げさじゃなく、日に日に幸せが増していくようだった。
足りなかった胸に空いた穴を埋めて、さらに包みこんでしまいそうなくらいに愛情をくれる。こんなにも幸せで順調に行くなんて不思議なくらいに。
「……それで、今週中にって、聞いてますかクロードさん?」
「あ、えと、すいません」
そんな満たされた生活に思いを馳せ、ヴィンセントの事が頭に浮かび、仕事中もついぼーっとしてしまった。
こんなにも満たされる感覚は久しぶりで、自分でも怖いくらいなのだ。
新しいマネージャーの須藤絢子 は、困ったように私を見つめた。
彼女は彰紀の後輩で、以前にも顔を合わせたことがあった。彰紀が逮捕されたこともあり、代わりに配属されたのだった。
生真面目で仕事の出来る女性だという噂通り、すでに信頼できる仕事ぶりだった。
「なんか、クロードさん……最近幸せそうですね」
「え? そ、そうかな?」
態度に出やすい方だという自覚はあるが、仕事に響かせてはいけないと思い直していると、絢子は勢いよく大きなため息をついた。
「ほんと、わたしにも分けてくださいよ、その幸せオーラ」
彼女は手帳を置いて、わかりやすく僻むように言った。
「なにかあった?」
「はい、ありまくりで、ほんともう正直穴掘って埋まっていたい」
「えぇっ」
この短い付き合いでも彼女が真面目に仕事をこなしていた姿を知っているから、大げさな言い回しにかなり驚いた。
「なにがあったの? 私で良ければ聞くけど」
「こんな話クロードさんにすることじゃないってわかってますけど、最近、恋人に振られて」
サバサバとした口調にも悲しみが滲み出ていた。
「私なんかに尽くしてくれるいい人だったし、なんとなくこのまま結婚なのかなって思っていたのに」
「そんな、ひどい……」
「でもわたしも彼の好意に甘えて何もして来なかったから、だから、仕方ないってわかってますけど。流石に堪えますよね、わたしもう27ですよ?」
絢子はそこでまた大きなため息をついた。
「ほんと、なんでわたし甘えっぱなしだったんだろなぁ」
彼女のその言葉が頭に響いて、消えなかった。
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