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 計画を練ること数日。とうとうデート当日だ。  8月も半ばを過ぎたが、相変わらずの夏日でクーラーの効いた車内でも日差しの強さを感じる。家の者に頼んで車を出してもらい、ランチの店も予約してある。久々のデートで少し張り切りすぎてる感は否めないが、それでも万全に準備を済ませた。 「お待たせ」 「ああ、仕事はもう大丈夫?」 「うん。数か所確認が必要だっただけだから平気。さ、せっかくのデートだ、楽しまないと」  出掛けに仕事の連絡の入ったヴィンセントが戻ってきて、ほっと胸を撫で下ろし最初の目的地へと出発した。  数分車を走らせ、商業施設が連なる一角で降りた。建物の周囲をぐるりと公園が囲うように整備され、都会の中にいても緑が眩しい。 「まずはショッピング?」 「と思うだろ? まずはこっち」  建物内に入り強い日差しから逃れて一息吐きながら、ちらりとヴィンセントを見上げると興味津々といった風で辺りを見渡している。  平日とは言え世間は学生の夏休み真っ最中ということもあり、いつもより賑わっているようだった。喧騒の中を彼の手を引いて歩き、エレベーターに乗り込んだ。  上階に上がると、先程までの賑やかさから一変し静かな雰囲気に包まれる。 「ここ、美術館なんだ」  なににも勝り、歴史的価値のあるものや美術品に心惹かれる彼だから、まずは彼の知的好奇心を満たせるような場所に連れて来たかった。 「私も以前ふらっと立ち寄って知ってね、綺麗な収蔵品ばかりだから連れてきたかったんだ」 「それは嬉しいな。楽しみだ」  入場の手続きを済ませて、早速中に入る。  この美術館は、日本の絵画や陶磁器、織物などをメインに扱っていて異国人の私達にとってはどれも興味をそそられるものだ。  美しい美術品や工芸品を眺めては、つい彼の反応を伺っていた。  日本に来て日は浅いだろうから、まだまだ見せたいものがある。  ガラスケースの中を覗き込んでいるヴィンセントの瞳がきらきらと光を反射する。 「わお、これは綺麗だな」  ライトを浴びて輝くようなガラス製の器やゴブレットが並ぶ展示の前で彼が声を上げた。  眩い色合いのグラスや、ガラスの表面に彫刻を施した江戸切子などのカットガラス、国内外を問わず美しい作品が並んでいる。 「ヴィニー見て、これ」  真っ白な糸が織り込まれているかのような繊細なレース模様が入ったグラスを指差す。 「ヴェネチアンガラスまであるのか」 「そう。初めて来たとき……昔、プレゼントしてくれたよなって、ここでこれを見てあなたのこと思い出したんだ」  それはずっと昔、ヴィンセントと一緒に暮らしていた時のことだ。  私が人間だった頃にヴェネチアンガラスが好きで集めていたんだと話していたのを覚えていてくれて、何度か贈ってくれた事があった。 「懐かしいな。出先で、ふとした時にクラウの事を思い出すのが好きだったんだ。それで、ついつい贈り物をしたくなってしまって……。今思えば、そんな風に思える相手がいるのって本当に幸せなことだよね」 「ヴィニー……」  ライトに照らし出され煌めくガラス細工を眺めながら、ヴィンセントはそう言って微笑んだ。  いつだって気付けば贈り物や愛情を差し出してくれる彼といると、与えられることに慣れてしまいそうになる。 「ねぇ、また贈ってもいい?」  ヴィンセントの優しげな瞳と目が合う。 「もちろん。そうだ、花瓶欲しいと思ってたんだ。どうせなら一緒に選ぼう?」 「喜んで」  できることなら一方的にではなく、二人で。そんなごくごく当たり前なことを、けれど大事なことをまた一つずつ積み重ねて行きたい。  じっくりと鑑賞し美術館を出たところで、ふとヴィンセントが私を見た。 「そういえばルーブルに行こうって話していて、結局行けず終いだったよね」  その話をしていたのは、フランス革命の後、ルーブル宮殿が美術館になった当初のことだった。そんな話もしていたなと懐かしく思った。  あの頃は、徐々に関係がぎくしゃくし始めていた時期で、結局それどころでは無くなってしまったけれど。 「まとまった休暇が取れたら行ってみよう、今度こそ」  何気ない約束を交わすことにすら胸が高鳴る。  あの時、出来なかったことをやり直すチャンスを得られたのだと、改めて今を特別に思った。

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