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【エヴァン×レオ】アンダンテ・ブルー 1

 8月の終わり、エヴァンと二人でショッピングモールに買い物に来ていた。  目的の品をあらかた買って、ふらりと通りがかった店でつい足が止まってしまった。店先に並ぶスニーカーの中にずっと欲しかったものがあったからだ。 「スニーカー?」 「うん! かっこいいよねぇ、これ……。でも、最近買い替えたばっかだし我慢」  かなりの人気モデルで値段もはり、いつか買おうと思っては眺めて終わってしまう一足だった。  暫く眺め、隣のエヴァンを見上げた。 「他に見るものある?」 「そうだな」  少し悩んだ後、歩き出すエヴァンに続いて次の目的地へと向かった。  エヴァンが日本に戻ってきてから、半月ほど経とうとしていた。  再び始まった二人での生活は以前よりもずっと距離が縮まった気がする。一度離れたからこそ一層、大好きな人の隣で暮らす幸せを噛み締める日々を過ごしていた。  何気ない会話や何気ないやり取りに心が満たされる。  ただこうして一緒に買い物に来られているだけでも幸せを感じずにはいられなかった。  人混みの中を少し歩いて、本棚の並ぶフロアにやってきた。 「本?」 「そう、正樹に絵本でもどうかと思って」  エヴァンはどこか和やかな表情でそう言う。  俺の次の休みに弟の正樹が家に遊びに来ることになり、今日はその為の買い出しに来ていたのだった。  本棚の間を歩き、絵本のコーナーを見つけるとそこでエヴァンは真剣に本を選び始める。  彼が正樹と会うのは、以前俺の実家に一緒に行った時以来だ。思ってた以上に正樹はエヴァンに懐いていたし、エヴァンもまた不器用にも優しく接していた。  今回家に呼ぶことになったのも嫌がる様子もなく受け入れてくれた。その上、こうも楽しそうに準備を手伝ってくれるなんて思いもしなかったことだ。子どもを好いているような一面を見せられると、つい愛おしい気持ちが湧き上がってきてしまう。 「エヴァンって絵本にも詳しいんだ?」 「あぁ、意外と良書も多いんだ」  翻訳された海外の絵本も多いらしく、お目当ての一冊を見つけたエヴァンは手にとって俺に見せた。 さすが読書家だなと感心しつつ彼が手に取る本を覗き込んだ。可愛らしい犬が表紙に描かれている。 「少し古い本だが、まだあるとはな」  楽しそうに語る彼の話に相槌を打ちつつ、なんとなくもやっとした感情が頭をよぎった。 「ね、エヴァン、俺にも」 「ん? お前も絵本ほしいのか?」 「そうじゃなくてさ、おすすめの本ないの。さっきおもちゃも選んでたし……まさくんばっかずるいなぁって」  自分で言いながら心狭いなと思いつつも、嫉妬してしまったものはしょうがない。 「じゃあ、そうだな……レオに勧めるなら」  エヴァンは特にからかうでもなく本当に選んでくれるらしい。後をついて一緒に本棚を見て回った。 「これなんかどうだ? ティーン向けのファンタジー小説だが、なかなか読み応えがあるんだ」  キャラクターイラストの表紙が目を引く、海外のシリーズ小説らしい。 「少年が旅して仲間に出会ってというのは定番だが、ドラゴンを従える存在もいて……」 「ドラゴンを? 面白そうだね」 「あぁ。気に入りそうか?」 「うん! エヴァンのおすすめ読んでみたい!」  ほっとしたように表情を緩めるエヴァンは、いつになく嬉しそうに本を手に取った。 「そういえば、エヴァンはどんな本が好きなの? 何でも読んでるけど」  本好きという言葉に違えず、小説などの一般書のほかにもマンガなんかもお気に召しているようだった。 「そうだな何でも好きだが、特に好きなのは物理系の本だな」 「物理、物理かぁ……難しそう」 「まぁな。小難しいのは確かだが、何気ない自然現象を突き詰めて法則性を見出していくのは面白い。例えば空がなぜ青いのか、なんて当たり前の事象も理論立てて説明できるんだ」 「へぇ、どうして青いのかなんて考えたこともなかったな」 「太陽光は赤や紫なんかのいろんな色が混じっている。その光が空気の分子や塵に反射し俺達の目に届くんだが、中でも青色の光は散らばりやすい性質があって、それで空は青く見えるんだ」 「……そうなんだ。何気なく空は青いものって思ってたけど、見方を変えると特別に思えるね」  物理と聞くと学校の授業を想起して取っ付きにくいイメージを抱いてしまうけれど、エヴァンの口から聞くとなんだか面白いかもと思えた。 「あとは宇宙や星の本も好きだ」  話しながら、柔らかく微笑むエヴァンに目が奪われた。 「未だに未知な部分が多く、新しい発見も多い分野だから惹かれる」  好きなものの話をするときのエヴァンはこんなにも優しい表情をするんだ。いつになく心を許してくれているような姿に、つい頬が緩んだ。 「カナダではよく星を見ていたが、東京じゃ星は見えないからな」 「じゃあ今度さ、星、見に行こうよ! それか、プラネタリウムなんかもいいよね」  大好きな人の横で、その人の好きなものの話をする。そんな何気ない時間のひとつひとつに心が満たされる。  エヴァンが選んだ本を買って、尽きない話をしながらゆっくりと家路についた。

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