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 そんなこんなで数日経った8月31日。天気は快晴で、午前中からかなり暑い日だった。  父さんと春樹さん、それから正樹が揃って家にやってきた。 「おはよー! いい天気でよかったねぇ」 「あぁ。悪いな玲央」  いつもよりちょっとおしゃれによそ行きスタイルの父さんと春樹さん。 「いいって、いいって。せっかくの誕生日なんだから、楽しんできてよ」  正樹を預かることになったのは他でもない、父さんたちの久々のデートのためだった。  正樹が生まれてから3年程、ずっと二人の時間を取れずにいたのだからたまには楽しんで欲しかった。今日は父さんの誕生日なのもあり良い機会だと、俺から提案したのだった。 「本当にありがとう玲央くん。それにエヴァンさんも」 「いえ」  春樹さんと手を繋いでいた正樹がエヴァンを見つけてぱっと手を伸ばした。エヴァンは応えるように正樹を抱き上げ、穏やかに微笑みかける。  父さんから着替えやおもちゃを受け取り、どこか不安そうな春樹さんの背中を押した。 「楽しんできてね」 「うん! それじゃあ、また後で」  「いってらっしゃーい!」  父さん達を見送って、3人でリビングに向かった。  親と離れることになって不安がるのではという心配もあったが、意外にも正樹は平気なようで、楽しそうにエヴァンに話しかけていた。  そのままソファでじゃれ合うエヴァンと正樹の様子を暫く見守って、任せても大丈夫だろうと、一足先に庭に出た。  もう8月も終わりだが日差しがさんさんと照りつけてくる。 「あっついな」  外に出ただけで汗ばむのを感じながらも、準備途中だったビニールプールを膨らませていった。  実家の庭は遊ぶには狭いから、どうせならこっちでしかできない遊びをと思って用意していたものだった。  思ったよりも小さな空気入れに苦戦し、やっとのことでプールを膨らまし終えて水を入れながら、縁側に腰掛けて一息つく。 「おにいちゃんおめめ、あおいのなんでー?」  開いている窓から、正樹とエヴァンの会話が聞こえてくる。 「生まれたときからこの色だ。不思議か?」 「うん! きれい!」 「そうか、きれいか」  正樹のおしゃべりに付き合いながら微笑むエヴァンを見てついニヤけていると、振り返った彼と目があった。 「準備できたのか?」 「あ、うん! プール入りたい人いるかなぁ」  サンダルを脱いで、大げさに言いながら正樹の元に行くと、きゃっきゃと笑って手を上げて見せる。我が弟ながら今日も可愛すぎる。  Tシャツを脱がせて一緒に外に出た。俺も一緒になって上を脱いで短パンのままプールに入った。  思ったよりも冷たい水が心地よく、正樹と水を掛け合って遊んだ。  流石に夏の照りつける日差しは堪えるのか、エヴァンは縁側で日を避けて俺達を見守っていた。 「おにいちゃんも!」  どうやら実の兄よりもエヴァンがお気に入りらしい正樹は、プールの中から彼に声を掛けた。 「エヴァンおにいちゃんもちょっとだけ来ない?」  正樹の真似をしてそう呼んでみると、エヴァンはやれやれと言った感じで手で日の光を避けながら近くにやってきた。 「日差し平気?」 「あぁ、少しくらいなら」 「よかった! ね、水冷たいよ」  プールのそばにしゃがみ込み、そっと手を水に入れたエヴァンは肯定するように静かに微笑む。 「えい!」  嬉々とした掛け声と共に正樹が勢いよく水を持ち上げ、その水がエヴァンに直撃した。子どもの手だから少量ではあったが、思い切り顔に当たってしまう。 「やったな正樹」  水のかかった長い前髪を掻き上げて、エヴァンは目を細める。  意外にも楽しそうな彼の姿にほっとしたのと同時に、その仕草や表情に目を惹かれてしまう。濡れた黒髪が艷やかで、前髪で隠れていた目鼻立ちの整った顔立ちにため息が漏れる。まさに水も滴るいい男といった感じだ。  控えめに正樹に水を掛けるエヴァンと元気に笑いながらやり返す正樹の間で、恋人のかっこよさに改めて惚れ惚れとしてしまう俺。  そんな楽しい水遊びは暫く続いた。

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