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「レオ……」  名前を呼ばれ腕の中で顔を上げると、鼻先が擦り合い唇を奪われた。  それだけでどくんと心臓が跳ねて、彼の着ているTシャツをぎゅっと握りしめた。  上唇を優しく喰まれて、吐息が漏れる。開いた隙間から舌先が口腔を探り忍び込んだ。舌をそっと伸ばすと濡れた彼の舌先と触れ合い、その微細な刺激の心地良さに身体を委ねた。  こんなキスされたら否応無しにスイッチが入ってしまう。  それでもわずかに残る理性で、軽く身体を押しやって、唇を離した。 「はぁ……も、父さん達いるから」  本当はエヴァンが戻ってきてから毎日のようにしていたから、今日だってしたくないわけじゃない。  とは言え、平屋の狭い家ではリビングを隔てた和室までの距離は、そうあるわけではない。 「静かにすれば、平気だろ」  すっかりその気のエヴァンが、低い声で囁くように言いながら俺に覆いかぶさる。 「ふぁっ……んんっ」  Tシャツの下、体を撫でられて思わず出そうになる声を押し殺す。  堪える俺にお構い無しに、胸や腹にキスを落とすエヴァン。ゆっくりと舌を這わせては、吸い付く様にして跡を残していくのがわかった。  くすぐったさと同時にそうじゃない感覚も襲い、体が震える。  期待してあっさりと膨らんでしまう昂りが、ズボンをぴんと張り詰めさせる。  気付かれまいと膝を擦り寄せるそこにエヴァンの手が触れ刺激され、とうとう我慢できなくなってしまう。  衣擦れや呼吸の音。クーラーの無機質な送風音がやけに耳についた。  どくどくといつもよりずっと高鳴る鼓動を感じながら、思わず俺からも腰を擦り付けてしまった。  ズボンをずらして、熱を持つそこにエヴァンが直接触れる。 「えゔぁ……あっ、んぅっ」  顔を近付けられ、吐息がかかり腰が浮く。エヴァンはそこに舌を這わせて、そのまま咥えこんでしまう。  強い快感に、咄嗟に口元を手で覆って声を押し殺した。  水音が部屋に響いている様な感じがして気が気でないが、同時に興奮している自分もいた。  そんな俺を知ってか知らずか、エヴァンは遠慮なく攻めてくる。  深くまで咥えられ、吸い付かれる感覚に蕩けそうなくらいの快感が押し寄せる。 「だめ、あ、でちゃう……っ」  小声で訴えるも、エヴァンは口を離そうとしない。  むしろ激しくされて、堪えきれずにそのまま彼の口の中に吐き出してしまった。  すぐそこで家族が寝ているのにと思うけれど、正直かなり気持ちよかった。  荒く呼吸を繰り返しながら、吐精の余韻に浸る。  エヴァンは口を離したかと思うと、止める間もなく俺が出してしまった精液を飲み込んでしまった。 「も、ばか……」  クーラーが効いているとはいえ、汗ばんでくる。  身体を起こしてエヴァンに何度も触れるだけのキスをした。  そのまま押し倒して、彼に触れると固くなってるのがわかる。  本当はいれて欲しいけれど、疼くのを我慢して舌を這わせた。  熱を持ったそこは既に固く張り詰めていて、密を滴らせる先端をゆっくりと口に含んだ。そのまま深く咥えようとするが、大きすぎて全部は入らない。 「っ……レオ……」  エヴァンの気持ちよさそうな声に嬉しくなって、吸い付きながら、出したり入れたりを繰り返した。  しばらく続けると、じんと顎が痺れてくる。  それでも、夢中で彼を攻め立てた。 「レオ……口離して」  囁くようなエヴァンの色っぽい声が耳に入るが、聞こえないふりをしてそのまま刺激を続けた。 「レオ……んっ」  そのまま口内に勢いよく精液が吐き出される。  どろっとした体液をエヴァンの真似をして飲み込んで、口を離した。 「ふぁ、はぁ……」  体が疼いて仕方ない。  エヴァンに引き寄せられて、何度も何度もキスを繰り返した。  お互いに到底我慢出来ないくらいに興奮していた。  静かにすれば、きっと大丈夫だと自分に言い聞かせベッド脇からローションを取ろうとした時、いい雰囲気を割くように電話の着信音が響き渡った。  大きな音に咄嗟にスマートフォンを取って電話に出た。 「玲央ハッピーバースデー!」  明るい調子の声が電話口から漏れ出すくらいの勢いで聞こえてくる。 「母さん……あ、ありがと」  甘ったるい空気から抜け出し切れないままで、どんな声で話せばいいかわからない。 「ちょうどモールに来てて、プレゼント何か希望ある?」 「……い、いいよわざわざ、そっちから送るの大変でしょ」 「こんな大事な日に面倒も何も気にしないの。で、何にする?」 「何っていきなり言われても、……って、わっ、ちょっと」  電話に夢中になっているとエヴァンにいきなり押し倒された。  中途半端な状況で放って置いてしまった申し訳無さもあるが、エヴァンがこんな風に電話中に絡んでくるとは思わず鼓動が速くなる。 「あら、誰かといるの? ってそうよね、あんたももういいオトナだもんね」  からかうような母さんの声を聞きながら、ごめんとエヴァンに目配せする。 「何もないなら適当に服でも選ぼうかな。それでいい?」 「う、うん。あ、前みたいに変な柄はやめてね」 「はいはい、とびきりかわいいの選ぶから。じゃあまた」  言うだけ言うと母さんは電話を切った。 「ごめんエヴァン」 「ううん」  エヴァンはゆっくりと俺の首筋にキスをすると身体を離し、服を直すとベッドに寝転んでしまう。  すっかりいい雰囲気が流れてがっかりしつつ、少し冷静になりほっとした。家族が近くで寝ているのに何を考えていたんだろう。  俺も服を着直してエヴァンの腕の中に収まった。 「……電話母さんから。今イギリスにいてね。彼氏と世界旅行中なの」  かなり自由人で、だからこそ結婚はきっと彼女には向いてなかったんだろう。けどそれでも俺が高校生になるまで、側にいてくれた。 「イギリスか、懐かしいな」 「エヴァンも行ったことあるの?」 「あぁ。カナダに行く前はずっとイングランドにいたんだ」 「そうだったんだ。エヴァンのことまだまだ知らないことばっかりだな」  語り尽くせないくらいの長い人生のどのくらいを俺は知れてるんだろう。 「ね、もっとエヴァンのこと知りたいな」 「お前が望むなら、いくらでも」 「ありがと」  話しながらあくびが出てしまった。  充実した一日だったと思い起こしながら、エヴァンの胸に顔を寄せる。  彼と出会ってから、何気ない日々が少しずつ変わり始めた。そしてその変化も日毎に日常になり始めている。  当たり前に、寝て起きるとエヴァンが隣りにいて「おはよう」を言ってくれる。  疲れた日にも彼が話を聞いてくれ、毎晩の触れ合いも生活の一部になりつつあった。  頭を撫でられ、エヴァンの唇がおでこに触れる。 「おやすみレオ」  穏やかな声色にまた、まぶたが重くなっていく。 「おやすみ……」 「いい夢を」  エヴァンの腕の中で、満たされた心地のまま目を閉じた。  空が青いのは、青い光が散乱しやすいからだという。  特別がいつしかなんでもないものになって、それがなぜかなんて考えもしなくなるんだろう。  それはきっと悪いことじゃない。むしろずっと幸せなことだ。  エヴァンの誕生日にも、そして来年のこの日にも彼が隣にいることを当然だと思えたならいいのになと、ぼんやりと思いながら眠りについた。

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