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サウンド・オブ・サイレンス 6

 泣きやんで真理の肩に身体を預ける実流を、真理は抱き起こした。伏せた睫が濡れ、目元が赤く染まっている。真理は唇を寄せると実流の涙を舐めた。手当てを受ける子供のように、実流は目を閉じてじっとしている。  涙の跡を辿る。熱を持つ唇に真理は自分の唇を重ねた。  触れるだけのキスを何度も繰り返す。実流は真理をぼんやりと見つめている。 「ありがとう……もう大丈夫だよ」  実流から顔を離す。実流の頬に、やわらかい笑みが浮かんでいる。 「吉城はキスも優しいんだね」 「優しいだけで俺が男にキスをすると思うか?」  実流が首を斜めに傾けた。実流の身体を胸の奥へ抱きしめる。 「お前を慰めるためだけにここまで来たと思うか?」  自身の昂ぶりを押しつける。一瞬、実流の肩が跳ねる。激しい鼓動と昂ぶりの熱が真理の身体を熱くする。  腕のなかで、実流の輪郭がやわらかくなった。実流が真理の胸に頬を寄せる。 「どうしていつも君が鎌田よりも先に僕に気づくんだろうと思ってた。吉城がよく人を見ていて、優しい奴だからだと、ずっと思ってた」  実流がそっと真理の胸元に指を這わせる。 「俺は別に優しくないよ」 「今まで一度も、鎌田の悪口を言ったことがないじゃないか」 「悪い奴じゃないからな」 「……やっぱり優しいよ」  実流が身体を離す。湿気を帯びた空気が、真理の胸元を冷やしていく。 「吉城と結婚する女の子はきっと幸せになるだろうと思ってた」  キスを反芻するように、実流が自分の唇へ指を添える。 「吉城はかわいい女の子と結婚するべきだ。そういう幸せが、君には似合っている」 「俺の幸せを勝手に捏造するな」 「僕といても、結婚もできないし、子供もできない。自分をゲイだと公言する強さもない」 「お前がいやだったら、何も言わなくていい」  実流の指を握る。実流はじっとふたりの手を見下ろしている。 「大阪へ行こう。俺といっしょに、大阪で暮らそう……それを言いに来たんだ」 「プロポーズみたいだね」 「俺がいれば幸せになるんだろう?」 「自分で言うか」  実流の指から、笑いの振動が伝わってくる。 「お前をひとりでここに置いておきたくないんだ」  指を繋げたまま、ふたりは黙り込んだ。沈黙を埋めるように、激しい雨音が部屋へ満ちていく。 「結婚式の歌を作ってた」  実流は痛みをこらえるような顔で微笑んだ。 「どんなに歌っても、誰も応えてくれない夜が怖くて、吉城が起きてくれる朝を待った」  やはり実流は、暗闇の井戸のなかで溺れそうになっていたのだ。実流の指の背を撫でる。実流の手が、真理の指をやわらかく握り込む。 「ずっと、誰かが扉を開けるのを待っていたんだ」  実流が頬に淡い斑点を散らして、はにかむように微笑んだ。 「扉を開けたとき、もしかしたらそれは君かもしれないと思った」  繋がれた指が熱かった。実流の顔に手を当てる。実流が目を閉じて真理の手のひらに頬を添える。  頭に血が上りすぎて、眩暈がする。実流を抱き寄せると、ふたたび唇を重ねた。  実流の熱い口腔に舌を滑らせる。  今朝は四百キロ離れていたのに、今は実流と舌を触れ合わせている。  耳から鼓動が漏れそうだ。強烈な欲望に、中心がジンジンと熱を持つ。実流を抱きたい。混ざり合って境目をなくしてしまいたい。  唇を離す。実流がどこか悲しげに真理を見上げている。 「鎌田を忘れさせてくれるか」 「実流がそう思ってくれるなら」  初めて口にした恋人の名前は、甘く優しい響きだった。 「いつか忘れさせる。約束する」  力を入れすぎて、目が熱くなる。実流が水の膜のなかで笑った。やわらかく揺らぐ輪郭の向こうで、実流も涙をこらえるような顔をしていた。 「近所にドラッグストアはあるか?」 「二百メートル先の角にあるよ」  実流がふしぎそうに答えてから、顔を真っ赤に染める。 「買い物に行ってくる」 「……うん」 「心の準備ができなければ、俺が帰ってくるまでにどこかへ行ってくれ。お前がいなければ、俺はそのまま、大阪へ戻る」  不安げな実流の頬を手で包む。 「実流がここにいなくても、俺は実流を嫌いにはならないから」  実流を安心させるように笑うと、真理はチェスターコートとバッグを手に立ち上がった。

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