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マイ・アイディアル 1

 鎌田の結婚式は、梅雨が明けた七月の下旬に行われた。羽田実流は友人代表として、初めて作ったラブソングをアコースティックギターの弾き語りで歌った。 「お前ら二次会、行かないんだってな」  披露宴のあと、新郎の鎌田に呼び止められた実流は、式場の廊下で恋人とともに足を止めた。 「行きたい美術展があるって、俺が羽田を誘ったから」  吉城真理がさらりと嘘をついて鎌田に頭を下げる。真理は鎌田の結婚式のために大阪から東京へ来ていた。 「お前ら、そんなに仲良かったか?」 「前からだよ」  鎌田が優美な眉を顰めるのを、実流は内心ハラハラしながら見つめる。真理はいつも堂々としているけれども、自分はまだ恋人として真理のとなりにいることに慣れていない。 「二次会で実流にいっぱい歌ってもらおうと思ったのにな。でもありがとう。俺たちのために歌を作ってくれて」  鎌田は式場の職員に呼び止められると、真理と実流に向かって手を振った。 「すっげえいい歌だった。これからいっぱいラブソング作れよ」  控え室へ消えていく鎌田を、ふたりはにこやかに笑って見送った。  ギターケースを肩にかけて電車に乗る真理に、実流は改めて見とれていた。目鼻立ちの大きな浅黒い顔に、わずかにカーブを描く前髪が落ちている。静かに凪いだ黒い目に清潔感がある。実流は真理の性格が表れたその目がいちばん好きだった。 「『Hello, Little Kiss』って題名?」 「そう。ラブソングは初めて作ったから、何だかこそばゆい」 「ラブソングにも家族の歌にも聞こえるな」  吊革に凭れながら、真理が小声で歌を歌う。 「『Hello, Little Kiss』」 「『世界は小さなキスでいっぱい』」  実流も小声で真理の歌に合わせて歌う。真理は笑いをこらえるように大きな口元を引き結んだ。 「実流の声はきれいだな」  電車のなかで顔を赤らめるわけにもいかず、実流は夕暮れの飴色の光が落ちる車窓に目を向ける。 「またNewTubeに動画をアップするのか?」 「歌のお披露目が終わったから、あとでアップする」 「NewTubeのコメントで、女の子にけっこう人気あるよな」 「僕はもてないよ。女の子から同類だと思われてるから」  自分は二十四歳にしては童顔で、身体も貧弱だ。同じ歳なのに真理には落ち着きと大人びた品格がある。生命保険会社の資産運用部門で働く真理と、ミュージシャンとして自分の夢を追いかけている自分との差を感じる。  真理は実流の耳に顔を寄せると、小さな声で呟いた。 「俺としては、けっこう焦る」  実流は赤くなった顔を手で覆った。子供のわがままのように嫉妬心を漏らした真理は、何食わぬ顔で車窓に目を向けている。真理にはいつも余裕があって、自分だけが真理に振り回されている。  『Hello, Little Kiss』も真理がそばにいたから作れた歌だった。  実流は以前、鎌田に好意を寄せていた。真理は一ヶ月前、鎌田の結婚に落ち込んでいた自分を心配して、大阪から東京へ駆けつけてくれた。そこで初めて、真理が自分を好きだと知ったのだ。  初体験に緊張していた自分を、真理は優しく包み込んでくれた。欲望を抑えて実流の身体をいたわってくれた。きちんと真理とセックスをしたい、自分の身体で真理が気持ちよくなってほしいと、初めて願った。  だから真理は、名前も知らない女の子たちに嫉妬しなくていいのだ。実流は降車する駅の名前を聞きながら、どうすればそれを真理に思い知らせることができるだろうと考えた。

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