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マイ・アイディアル 7
その夜、真理にジングルの収録が終わったことをメッセージで伝えると、真理は熱を出して寝込んでいたと告げた。
メッセージで確認してから、真理に電話する。
「昨日から会社を休んでいた……黙っててごめん」
「今は大丈夫?」
「37度まで熱が下がったよ。ちょっと喉が痛い」
「病院は行った?」
「いや、家で薬を飲んだだけ。最近無理をしていたから、自己管理ができなかった。情けないよ」
真理が力のない声で笑っている。珍しく弱りきっている真理を見て、今すぐ真理のもとへ飛んでいきたいという願望が湧く。
「実流のことも、ぐるぐる考えて……鎌田にまだ未練があるのかと疑ったりして」
「未練なんかないよ」
「俺が勝手に考えてただけなんだ。実流はいつか大阪に来るって言ってたけど、実流の活動の基盤はやっぱり東京だろう。だから俺が東京の本社に戻ろうと思って、もし戻れなかったら別の会社に……」
「今僕は真理が好きだし、ずっと真理と生きていきたいと思ってる」
「俺だってそう思ってるよ」
「真理が身体を壊してまでがんばる必要はないんだ。今は東京でしか生きていけないけど、絶対に、僕は真理を追いかけていく」
「実流に会いたい」
ぽつりと呟かれる声。胸がふるえる。
「実流とキスして、いっしょに寝たい。実流の寝顔が見たい」
胸が絞られるように苦しくなった。自分だって、いつも真理といっしょにいたいと思っている。
「ごめん。熱を出して弱気になってるだけだ。気にしないで」
「また連絡していい?」
「うん。実流、ありがとう」
後ろ髪を引かれる思いで、実流は電話を切った。
初めて、真理に弱音を吐かれた。
真理と話をしたい。顔を見て、唇に触れて、自分も同じ不安を抱えているのだと真理に伝えたい。
実流はスマートフォンを出すと、路線案内のページを開いた。東京から大阪まで、現在の路線を検索する。
東京駅から、大阪行きの高速バスが出ていた。準備を急げば、今からでも間に合う。
これから夜行バスで、大阪に行こう。
実流は立ち上がると、鞄に着替えを詰め込んで部屋を出ていった。
東京駅の八重洲南口を出ると、実流はバス停に待機していた大阪行きの高速バスに乗った。
バスは六割ほど席が埋まっている。実流は入り口で借りたブランケットを手に、指定された席へ座った。
これから夜通し高速道路を走って、朝方には大阪へ着く。実流はアルバイト先へ「体調不良のため明日休む」とメッセージを入れた。ほどなく店長から「シフトを調整するのでゆっくり休んでください」と返事が来た。申し訳なさに頭を下げる。
バスが発車した。実流はブランケットを肩まで被せると、すこしでも寝ようと目を閉じた。
実流がふたたび目を開けたときには、バスは高速道路を走っていた。車内は静かで、バスの走行音だけが響いている。
カーテンの隙間から、暗い車窓を見上げる。夏の星座がオレンジの灯の上に輝いている。道がこのまま空へ飛び上がって、成層圏へ続いていくような気がする。
実流が真理の将来を案じているのと同じように、真理も実流との今後を考えて身体を酷使してしまったのだ。自分たちはまだ付き合い始めたばかりで、互いのことを考えすぎて暴走してしまう。それだけ自分は真理が好きだし、真理も自分を好きでいてくれている。鎌田に未練があるなんてよけいな心配をするほどに。
そういえば、真理も弱っていた自分を放っておけなくて新幹線に飛び乗ってくれたのだった。今度は自分が行く番だ。
バスの静かな振動に身を委ねながら、目を閉じる。
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