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第5話
ざわざわ、ざわざわ……
期待に満ち、身を乗り出す男子達。それまで詰め寄っていた女子二人が押し出され、気まずそうに男子層の背後に佇む。
「……」
正直、こういうノリは好きじゃない。
ハイジのチーム内でもこういう事はあったけれど。そういった話題を振られると、必ずと言っていいほどハイジが庇ってくれてたから……
懐かしい感覚が蘇り、あの時の空気感や匂いまでをも引き連れて、僕に纏う。
『愛してる』──蜂蜜のように、甘く蕩けた瞳を向けるハイジ。真っ直ぐ向けられる視線や、抱き締められた時の温もりを思い出し、胸の奥がチクンと痛む。
首元に手をやれば、黒革の首輪の代わりに、巻かれていたマフラーの毛糸が指に引っ掛かる。
「……」
……そうだ。
もう、あの時とは違うんだ。
両手でそっとマフラーを解けば、晒した首元に冷たい空気が纏う。机上にそれを置くと頬杖をつき、窓の外に視線を移す。と……
──バンッ、
「なぁ、工藤! お前も知りたいよなぁ?!」
突然の、目が覚めるような衝撃──清井の斜め後ろに立っていた背の高い男子が、興奮しきった様子で僕の机を強く叩く。
びくんと跳ね上がる肩。瞳を見開いたまま黒眼だけを動かし、ソイツを見上げる。
「話、聞いてただろ? 奏仁が亜未ちゃんとキスしたかどうか、だよ!」
「……」
……何だ、コイツ。
ギラついた卑しい目付き。ニヤついた口元。
俺と同意見だよな、と言わんばかりの態度で変態ちっくな顔を寄せられ、一気に嫌悪感が増す。
「……」
確か、同調圧力って言うんだっけ。
僕個人の感情など、コイツは求めてなんかいない。ただ、この場の空気を読んで周りに合わせろと、圧を掛けているだけ。
そもそも僕は、そんなものに興味なんてないし。こんな下らない事に巻き込まれるのは御免だ。
「したように、見える?」
振り返った清井が、穏やかな声色で答える。
無意識に視線を清井に移せば、僕の机に手を付いていた男子に柔らかな笑みを向けていた。
「……って事は、してないのかよ!」
頭を抱え、大袈裟に仰け反る男子。その様子を見た他の奴らがケラケラと笑う。
「コンプライアンスが優先されて、後からカットされたんだよ。……でも、それが返って功を奏したみたいだね」
「後から、って……じ、じゃあ、やっぱ……」
「………それは、秘密」
勢いよく男子達が清井に詰め寄れば、立てた人差し指を口元に当て、静々と優しげな声でさらりとかわす。
「元々あの曲は、『クロ恋』の挿入歌だったから。MVには主役の二人を起用する予定だったんだ。
でも、過激なシーンが含まれる事になったらしくて……黒咲さん側の事務所が、NGを出したみたい」
クロ恋──それは、樫井秀孝と黒咲アゲハのW主演BLドラマ『限りなく黒 に近い恋』。
深夜帯にも関わらず、高い視聴率を誇ったらしいけど……そもそもドラマ事態を見ない僕は、それ以上の情報なんて知らない。
過激という単語に反応したのか。清井のシー顔に反応したのか。女子達が、キャアキャアと黄色い声を上げる。
「それで急遽、代役を探す事になって……」
そう言い放った清井の細めた眼が、窓の外へと向けられる。
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