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第14話

『ちゃんと話さなきゃ、解んない事ってあるだろ?』──ふと、五十嵐の台詞が脳裏を掠める。 ……確かに、そうかもしれない。 自分の中に溜め込んで悶々とするより、思いを口にして相手に伝えた方が、それまであった蟠りが無くなるのかもしれない。 でも……吐き出される言葉が全てだとは思わない。 現に五十嵐は、最後まで僕を騙し続けていたんだから。 「……僕も。アゲハとは、仲の良い兄弟でいたい」 答えながら、一線を引く。 でも、嘘じゃない。 テレビなんかで良く見られる、仲の良い家族の光景──ビデオカメラを片手に、照れ笑いを浮かべながら逃げる母を映した後、その奥で燥きながら遊ぶ幼い兄弟を、嬉しそうに話し掛けながらズームアップする父。 そんな、絵に描いたような温かい家庭で育っていたとしたら……ここまで関係が拗れる事はなかった。 家族を愛する事や愛される事を何の疑いもなく持ち、平穏で平凡な日々を退屈な毎日だと感じていたかもしれない。 「うん。お兄ちゃんもだよ」 サラサラとした前髪の奥にある、二つの瞳。優しげに細められ、柔らかく僕に微笑む。 清爽で、聡明で。あんな歪んだ家庭で育ったとは思えない程、キラキラと光り輝いていて。先程まであった憂いなど、もう何処にも見当たらない。 ……僕とは、大違いだ。 アゲハから放たれる煌びやかなオーラに、気を付けないと引き込まれてしまいそうになる。 「冷めないうちに、食べようか」 食事の手が止まっているのを気遣ったアゲハが、微笑みながら眉尻を下げる。 人当たりの良い、優しい雰囲気。 だけど、蟠りが消えたわけじゃない。 全てを無かった事にはできない。 一度拗れてしまった関係は、もう修復出来ないかもしれない。僕の中にある不安や不満が、取り除かれない限り── 「……うん」 伏せた視線の先にあるスプーンを取り、湯気の消えかかったシチューを少しだけ掬う。とろりとして柔らかく、温かなそれを口に含む。 ふと視線をアゲハに向ければ、長い睫毛を下ろし、平皿から拾ったバターロールを一口サイズに千切り、シチューに浸そうとしている所だった。

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