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第7話

××× 「……」 悪意を腹に潜めながら、人の良さそうな顔をして近付いてくる人間なら、もう何人も会ってる。そういう奴等に比べたら、清井なんて大した事じゃない。 別に、気にしなければいい……そう思っているのに。 目の前の席にいるせいで、授業中は僕の視界に必ず入ってしまうし、班を組む時などは何かと関わってしまう。 腹に据え兼ねてるものがあるのなら、清井の方から一線を引けばいいのに。周りからの評価や黒咲アゲハの影を、余程気にしているんだろう。僕に話しかけてくる時の爽やかな表情が……何だか気持ち悪い。 小学校時代──アゲハ王子の弟だと騒がれ、よく知りもしない年上の女子達に囲まれた事があった。 端からみれば、僕は役得に見えていたんだろう。でも実際は、醜い本性を隠す為の笑顔の仮面を被っていて。僕を踏み台にしてやろうという見え透いた欲望がひしひしと伝わり、気持ち悪さを感じていた。 アゲハが中学に上がっても、それは続いていて。余りにしつこかったので、僕を心配してくれた学年主任に不満を溢したのを覚えてる。 『事情は解ったわ。……各担任に通達して、厳重注意させるわね!』 ハキハキとした明るい声でそう答え、サバけた笑顔を残して僕に背を向ける。 『………私だって、会いたいのに』 ボソリと呟かれる声。 僅かに聞こえた舌打ち。 低いヒールを廊下に叩きつけながら去って行く。 よほど女子生徒達が羨ましかったんだろう。吐露した心情が僕の耳に届いた事など、露ほども知らずに。 結局、学年主任が心配していたのは、僕じゃなかった。 小学生の頃からアゲハを贔屓にする先生はいたけど、あの頃はもっと解りやすかった気がする。こんな風に醜い本性を隠し、教職よりも女を優先する人もいるんだと、その時初めて思い知った。 一時間目の授業が終わり、廊下に出る。 今だけは、清井のいる教室には居たくない。 唐突に現れた異物。でもそれは、きっと僕の方なんだろうけど。 一階まで下りてすぐの所にある保健室。細い溜め息をつき、そのドア前に立つ。 前の学校だったら、迷わず化学室に向かっていただろう。僕のために用意したというコーヒーカップを持った化学教師の浅間が、柔らかな笑顔を向ける姿が脳裏を掠める。 ガラッ、 戸を引いた瞬間、眩しさの余り目を瞑る。 温かな光に包まれた、窓辺の白いカーテン。白い棚。白い壁。ベッドを仕切る、白いカーテン。瞼の裏に、それらの残像が僅かに映る。 眩しさに慣れ、ゆっくりと目を開けると、清潔感に溢れた真っ白な空間が広がっていた。 「……」 微かに鼻を刺激する、消毒液の匂い。──だけど、別に嫌じゃない。

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