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第9話 一線
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首が痛くなるほどの、高層マンション。ガラス張りの窓には鮮やかな夕映えが映り、空の一部に溶け込んでいた。
数段ある階段を上り、オートロックを解除する。こざっぱりとしたエントランスからエレベーターに乗り、最上階のボタンを押す。
斜め上には監視カメラ。以前住んでいたアパートとは、比べものにならない程セキリュティがしっかりしている。
『俺とさくら、二人一緒にいる間は安全を保障してくれる』──運び込まれた病院で意識を取り戻した僕に、そう放ったアゲハの台詞が蘇る。
それがこれだとは、思わない。
きっと、僕の知らない所で護られているんだろう。虎龍会の美沢大翔と、若葉の監視付きで。
エレベーターを降り、玄関前で立ち止まる。
鞄から取り出していた鍵を差し込み、ドアノブに手を掛けようとして……止める。
「……」
このまま本当に、アゲハとの生活を続けていいんだろうか。
ぽっかりと、心に空いた風穴。
そこに“虚無”という綿を詰め込んだだけの、生きる屍 。背中のネジ巻を巻かれ、息を吸って吐きながら、プラスチックのような心臓を規則的に動かしているだけ。
もし、従わずに逃げ出したとしたら──このまま帰らず、竜一を探しに行ったとしたら。
僕が僕で、いられるのかな……
「……」
ふぅ…、と細い溜め息を吐いた後、緊張した手でノブを掴む。
「……お帰り」
リビングに顔を出すと、アゲハが取り込んだ洗濯物を畳んでいた。
キチッと正座をし、ゆっくりと丁寧に畳むその姿を、王子ファンの人達が見たらどう思うんだろう。
かつては夜の街を君臨し、大名行列までしたカリスマホスト。例え家庭的な一面を見たとしても、『パートナーとして最高じゃん!』とか言うんだろうな……
「学校、どうだった?」
僕のシャツを畳みながら、アゲハが決まり文句を言う。
「……」
鞄を床に置き、アゲハの斜向かいに座って手付かずの洗濯物を畳む。
きっとアゲハにとって、何てことはない質問なんだろう。……でも、僕にとってはそうじゃなくて。選択肢のないそれに、いつも苦痛を感じていた。
「清井、奏仁 ……」
ボソリと呟いて、直ぐに口を噤む。
「ん?」
僕の声に反応したアゲハが、顔を上げて柔らかな笑みを溢す。
「……」
……多分、アゲハは知らない。
僕が森﨑悠仁と会った事も。アゲハの代役としてMV出演をお願いされた事も。
樫井秀孝に襲われたキッカケが、森﨑悠仁の主催するパーティーだった事も。その原因が……アゲハ自身にある事も。
「………何でもない」
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