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第10話

畳んだ洗濯物と鞄を持って、自室へと逃げる。 パタンとドアを閉めた瞬間、ホッと溢れる溜め息。 アゲハとは、一つ屋根の下で暮らしてきた筈なのに。未だに、どう接していいのかよく解らない。 「……」 幼い頃──ずっと縋っていた皺だらけの手が離れ、僕より少しだけ大きいだけの、柔らかくて滑らかな手に力強く握りしめられた。その小さな温もりに酷く安心したのと同時に、もう僕には他に頼る所がないんだと、絶望したのを覚えてる。 母は、アゲハを溺愛した。僕が欲しいと願って止まなかった母からの愛情は、アゲハにだけ注がれていた。 理不尽な理由で責め立てられ、ぶたれるのはいつも僕。アゲハは上手くその場を立ち回り、母のいない所で優しく僕を慰めた。 それを、幼心にずるいと感じた事もある。 でも……何故だろう。 泣き疲れ、アゲハのベッドで眠る僕の頭を撫でてくれる手は……温かくて、心地よくて。その温もりが好きだった記憶が今でも強く残っている。 タンスに洋服を仕舞った後、部屋着を引っ張り出してベッドに放る。 床に置いた学校指定のショルダーバッグ。ウォールハンガーに掛けたダウンジャケット。 制服のボタンに、指を掛ける。 「……」 姿見に映る、痩せ細った身体。肋骨が浮き出ていて、まるで洗濯板のよう。何だか、気持ち悪い…… でも……こんなガリガリで、美味しくなさそうな身体にも関わらず、欲情する人は必ずいて。これの何処に惹かれるんだろう。よく解らない。 そっと、開けた胸元に触れる。ひんやりとした指先。その冷たさに、びくんと小さく跳ね上がる。 やがてゾクゾクと、肌の上を波紋のように広がっていき、不要な劣情を呼び覚ます。 「……」 薄くはなったものの、微かに残る消えない痣。 監禁されていた頃に受けた傷は、何も身体だけじゃなくて。騙されて裏切られてできた心の傷は、まだ癒えていないけど…… この身体ごと僕を愛してくれた人がいた事を思うと……今でも胸が苦しい。 ──コンコン、 突然のノックに、一気に現実に引き戻される。 「……さくら」 ドア越しに聞こえるアゲハの声。 ふと冷静になって視線を落とすと、開けた服から覗く乳首に、指先が掛かっていた。 咄嗟に、制服の前を閉じる。 「これから買い物に行こうと思うんだけど……一緒に行かない?」 「……」 探るような、弱々しい声。 きっと気を遣っているんだろう。 でもその気遣いが、かえって負担に感じてしまう。 「………うん」 本当の所、アゲハは僕の事を……どう思っているんだろう。

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