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第11話
白いマフラーで口元を覆い、黒いダウンジャケットのフードを深く被る。
素性を隠すようにして僕の隣を歩くアゲハは、すっかりこの街に溶け込んでいて。芸能人はおろか、学生時代の頃のような煌びやかなオーラさえ感じられない。
閑静な住宅街から大通りに出ると、街路樹に飾られたイルミネーションが目を引く。陽が落ちたのもあって、点滅する様々な光が薄闇の中で綺麗に映える。クリスマスは、もうとっくに過ぎたというのに……
「もうすぐ、バレンタインデーだね」
コンビニの入り口にある垂れ幕を見たアゲハが、僕だけに聞こえるように溢す。
「……」
……もう、そんな時期なんだ。
細い息を吐きながら厚手のマフラーを掴み上げ、冷たくなった鼻先を隠す。
去年の今頃──僕は、若葉のアパートに身を寄せていた。
僕がずっと欲しかった、ほわほわとして擽ったいような温かな日々。その終演に、惨劇な事件が待っているとも知らずに。
『……はい、これ』
夕飯後。柔らかな笑顔を浮かべる若葉が、金属製のものを僕に差し出す。受け取って見れば、それは赤いリボンが飾られた、手のひらサイズのカンカン。
『チョコレート?』
『そうよ。だって今日は、バレンタインデーだもの』
『……』
『もしかして、貰ったの初めて?』
揶揄うように流し目をした後、何処か寂しそうに若葉の瞳が遠くを見つめる。
『……バレンタインデーになるとね、達哉が袋いっぱいのチョコレートを持って帰ってくるの。でも母は、それを快く思ってなくて……達哉に全部、処分させていたのよ』
「……」
……母も、そうだった。
アゲハがバレンタインチョコを貰って帰ってくると、決まって嫉妬心を剥き出しにしていた。
その度に、母を優しく宥めるアゲハの姿を、数度見掛けた事がある。
アゲハは、どう思っていたんだろう。
バレンタインが来る度に、嫌な感情が湧き上がってはいなかったんだろうか。
もしそうなら、どうしてそんな話題を僕に振ってきたんだろう。
「……」
どう反応していいか解らずにいれば、その対処に困ったんだろう。憂いを帯びた瞳を僕に向けた後、直ぐに視線を外し、閉口してしまった。
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