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第16話 牽制

××× ……え…… 体育が始まる前の休み時間。教室の後ろにあるロッカーを覗くと、ある筈の体操着袋が無かった。 ぞろぞろと、体操着袋を持って空き教室へと向かっていく男子達。それを尻目に、無駄だと解っていながらも、ロッカーの中を探す。 「………あれ、どうかしたの?」 突然、背後から聞こえる男声。 聞き覚えのあるそれは、優しく穏やかで。振り返ってみれば案の定──清井奏仁。 此方に向けられる、爽やかな笑顔。さらりと揺れる細い髪。涼しげで、透き通るような二つの瞳。まるで宝石箱をひっくり返したかのような、全身キラキラと輝く芸能人オーラ。 「もしかして、体操服……忘れた?」 言いながら、スッと僕に近付く。 清井が話し掛けているからだろう。奴の肩越しから見える女子達が、此方の様子を伺いながらクスクスと笑っていた。 「……」 ──本当は、僕に話し掛けたくなんかない癖に。 脳裏に蘇る、釘を刺すような鋭い眼。 周囲からの好感度が上がるなら、牽制してる僕をも利用してやろう、という腹黒い魂胆なんだろう。 「……」 清井を睨み付ければ、合わせた視線を外し、僕の脇へと移しながら更に身体を密着させてくる。 「確か、予備の体操服があったはず……」 ふわっと香る、ベビーパウダーのような匂い。 思わず身構えながら、後退る。と、首を傾げ、サラサラと横髪を靡かせた清井が、僕の真後ろにあるロッカーに片手を伸ばす。 「あ、……あった!」 引っ張り出したのは、くしゃくしゃに丸まった剥き出しの体操服。 「良かったら、これ使って」 はい、と差し出されたのは、小脇に抱えていた紺色の体操着袋。 「ちゃんと洗ってるやつだから。匂いとかは、大丈夫だと思う」 「……」 「って言っても。一応、こっちも洗濯済みなんだけどね」 そう言って、芸能人特有の爽やかな作り笑顔を浮かべ、剥き出しの体操服を胸の前に掲げて見せる。 その背後に見え隠れする、女子達の緩んだ顔── 「………いらない」 何で…… なんでお前の偽善に、付き合わされなきゃいけないんだ── ボソリと呟いた言葉に、清井の瞼が僅かに持ち上がる。 目の前に差し出された体操着袋。それを引っ込める事もせず。 「……!」 しん…、と静まり返る教室内。 清井の眼。 女子達の視線。 出入口に残っている、清井の友達の訝しげな表情。 ただ断っただけなのに。張り詰めたように一変する空気。 僕を責め立てるような……嫌な雰囲気。 「………そっか。ごめん」 口の両端を僅かに持ち上げ、申し訳無さそうに微笑む。 ざわざわ、ざわざわ…… 「……」 たった……それだけ。 たったそれだけで、緊迫していた重苦しい空気が消え去っていく。 「……奏仁、行こうぜ!」 「うん、ごめん」 待機していた友達に呼ばれ、柔らかな匂いを残して去って行く清井。 「……」 清井達が教室を出る頃には、すっかりいつもの空気に戻りつつあった。

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