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第49話
チラリと保険医に視線を向けると、じっと僕を見つめ様子を窺っていた。
「……」
余程イケメン芸能人が好きなんだろう。
清井の前でワントーン声が高くなっている所をみると、僕の意見など関係なく清井の味方に転ぶんだろう。でも、もし僕が、アゲハの名前を出したら? 例えば、早退したいからアゲハに連絡して下さい、とか。そしたらきっと、清井の事なんか蔑ろにして、僕の方へと簡単に寝返るんだろう。
……だけど。その為にアゲハを利用するなんて、やっぱり嫌だ。
「すみません……気持ち、悪くて」
食べない理由が他に思い付かず、ありきたりな言い訳を告げる。
実際、給食を残さず食べた事なんかないし、手を付ける前に全て返す事もある。
病院食もそうだった。あの時は、固形物を口にしただけでも吐き戻していた。
コブラに囚われた時の、あの忌まわしい出来事──公開撮影の際、僕の中に潜む“若葉”が噛み千切った屋久の急所が、意識を取り戻した僕の咥内に入っていて。あの時の感触が──錆びた重い鉄の匂いと、生々しい肉の塊が、蘇ってしまって……
「少しも、食べられなさそう?」
点滴で生き延びるだけの僕に、食事が摂れるまでにしてくれたのが、精神科医──毎日のように顔を出してくれた、担当医の一人だった。
そのお陰で、少しは食べられるようになったけど……
「……はい」
やっぱり無理だ。こういう精神状態の時は、特に。
清井が何かを混入させた可能性なんて、無いに等しいのは解ってる。恐らく、棚村先生に襲われたのが引き金になっているんだと思うけど。
「そっか。じゃあ……パンと牛乳だけ、とっておくわね。もし後でお腹が空いたら困るから」
「……」
余程、僕の顔色が良くないんだろう。
アッサリと引き下がる保険医に、疑心暗鬼に陥ってしまいそうになるのを何とか思い留まる。
「手間を取らせちゃってごめんね、清井くん」
「……あ、僕の事なら全然!」
白衣の裾を翻し、清井の所に戻った保険医が袋に入ったパンと牛乳パックをトレイから拾う。
「それより工藤くんの事、ちゃんと看ててあげて下さい」
トレイを持った清井が、心にも無い事をさらりと言ってのける。
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