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第23話 名誉の負傷

××× 「……」 お風呂から出ると、シンクに下げた食器類が綺麗に片付けられていた。 別に、誰が何の担当をするとか決まってはいないけど。夕食の後片付けは、いつも僕がやっていたから…… リビングを覗いてみると姿は無く、仕方なくアゲハの部屋へと足先を向ける。 コン、コン…… 普段はあまり寄りつかないせいもあって、少しだけ緊張する。 「……どうぞ」 ドア向こうから聞こえる、柔らかな声。ドアノブに手を掛け、怖ず怖ずとドアを開ける。中を覗けば、ソファ代わりにベッド端に座っているアゲハと目が合った。 「なにかあった?」 相変わらずの爽やかな笑顔。 優しげな表情に人当たりのよい声が加われば、きっとどんな人でも心の垣根が低くなるんだろう。 「……ありがとう。洗い物、してくれて……」 視線を揺らしながら用件だけ伝えると、俯きながらドアを閉める。 「さくら」 そんな僕を、アゲハが呼び止める。 先程までとは違う……何処か余裕のない声。それは焦りにも似ていて、伏せていた目を上げ、アゲハを真っ直ぐに見る。 「ちょっと、手伝って欲しいんだけど……いいかな?」 ローテーブルに置かれた、見た事のない機材。小さな三脚の頭に輪っかのようなライトがあり、その中央には携帯が嵌められている。 促されるままアゲハの隣に腰を下ろすと、アゲハがその携帯をカチャッと外す。 「今ね、ファン向けに配信する動画を撮ってた所なんだけど……実は、まだ慣れてなくて」 「……」 「上手く撮れてるか、一緒に確認して欲しいんだ。……いいかな?」 携帯を親指で操作しながら照れたような笑顔を浮かべ、僕に同意を求める。 「……うん」 ……そっか…… 最近家にいる事が多いけど、在宅でできる仕事もあるんだ。 遠慮がちに肩を寄せ、アゲハの手元を覗き込む。 再生ボタンがタップされ、流れる動画。爽やかな笑顔を浮かべるアゲハが挨拶をし、他愛のない会話が始まる。背景は、事前に加工したんだろうか。綺麗なレンタルルームで撮影されたようになっていて……何だか、変な感じ。 「……!」 僅かに首を傾けた時に覗く、手術跡。それを隠す事無く大きく開かれた襟元から顔を出し、存在を主張する。 途端に蘇る──心臓が冷やされるような恐怖。 「………これ」 パシャッ、パシャッ── 脳裏を過ったのは──テレビカメラやジャーナリスト達の前で謝罪の言葉を述べ、深々と頭を下げるアゲハの姿。 『……兄弟で一体、ナニ……してたのかな……?』──登校中の僕にピッタリと張り付いてきた、気持ち悪いフリージャーナリスト。 「映ってて……いい、の……?」 感覚が薄れていく指で画面を差し、アゲハの顔を下から覗く。

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