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第26話
細雨の降る夜のネオン街。
路地裏の影に隠れ、経営者が望む姫──地方出身で、垢抜けてはいないが将来化けそうな女性を物色する。しかし、そんな原石などそうそう見つかる筈もなく。しびれを切らした経営者から、催促の電話が掛かってきた時だった。
『久し振りね……』
トンと肩に手を置かれ、小さく跳ね上がる。
振り返ってみれば、見開いた瞳に映ったのは──甘い色香を漂わせ、妖艶な微笑みを溢す若葉。
『大翔 から聞いたわ。……随分酷い所に売り飛ばされちゃったみたいね』
『……』
『可哀相に。……私が救い出してあげる』
つぅ…と肩の上を滑らせた手が、アゲハの片頬をそっと包む。雨に濡れた細い指。血塗れたような赤い唇が、薄闇の中で綺麗な弧を描く。
「縋り付きたくなる程、魅力的な言葉だった。
何の収穫も無く、このまま店に戻ったとしたら──そんな想像しただけで、心底震えが止まらなかったからね」
「……」
「でも、不安が拭えた訳じゃなかった。
細腕の若葉に、一体何ができるのか。どうやって俺を救おうというのか。……全く想像ができなかった」
……コツ、
歩く度に揺れる、黒いロングドレスの裾。そこから覗く、細い足首。赤いハイヒール。
店の入口には、積み上げられた複数の段ボール。溜まった埃。品のない音楽。澱んだ空気。
不衛生なそこに若葉と同伴出勤すれば、その妖艶な姿に心を打ち抜かれたんだろう。恍惚とした表情に変わった黒服が、時を忘れたかように若葉に釘付けとなっていた。
コツ、コツ……
若葉が足を踏み入れる度、薔薇のような高貴な香りが漂い、混沌としたホストクラブの空気が浄化されていく。
『……何だァ、お前 は……』
店の奥から現れた経営者が、若葉の姿を見るなり目を眇める。
『ああ、美沢の肉便器か。ここに何の用だ』
『……あら、随分と乱暴な事を仰るのね』
コツコツコツ……
ヒールを床に叩きつけ、経営者の前へと足早に近付く。そしてネクタイの根元を掴んでグイと引き寄せると、経営者の耳元に紅い唇を寄せ──
『──!!』
大きく見開かれる双眸。
その顔が、みるみる青ざめていく。
まるで雷にでも打たれたかのように崩れ落ち、汚れきった床に自ら顔を伏せる。
這うように蠢く指。それが赤い靴先に触れた途端、先程までとは違う──赦しを請うような目で見上げ、若葉の足下に縋り付く。
「……何を吹き込んだのかは解らない。でも、あの一件で俺は、あのホストクラブから救い出されたんだ」
「……」
「その代わり、本当の自由というものを失ってしまった──」
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