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第28話
身代わりでも何でもない。
ただ……幼い頃に交わした約束を果たすべく、男の抱き方を教授していただけ──
「それに気付いた時には……遅かった」
何度も。
何度も、何度も、何度も。
身体を重ねる度に麻痺していく感覚。
噎せ返る程の甘く芳醇な香りに目が眩み、簡単に溺れそうになる心と身体。
瀬戸際で何度も思い留まるものの、若葉の毒牙に染まり、簡単に引きずり込まれてしまう。
それは──ホストクラブを辞め、美沢に紹介された芸能事務所へと転身しても尚、若葉の呪縛から逃れられずにいた。
「……何が正しくて、何が間違っているのか。何が幻想で、何が現実か。
あの頃の俺には、もう……正常な判断ができなくなっていた」
そんなある夜──
雑誌取材の仕事を終え、帰宅するアゲハの携帯に突然入った、若葉からのメッセージ。
指定場所は、知らないアパートの一室。
いつものホテルではない事に何か引っ掛かるものを感じながらも、地図アプリを開いてその場所へと向かう。
『……いらっしゃい』
チャイム後。玄関のドアが開き、艶っぽい色香を漂わせる若葉が出迎える。
若葉には似付かわしくない、年季の入った二階建てアパート。生活感の薄い内装。
ここが仮住まいであるのは直ぐに気付いたが……もう、どうでも良かった。
砂に埋もれるなら、このまま埋もれてしまえばいい。とことん地獄に落ちてやる。甘い香りに誘われるまま若葉を組み敷き、本能に赴くまま性急に唇を重ねる。
「……知らなかったんだ。
そのアパートに、引き取ったさくらと一緒に暮らしていたなんて──」
「……」
ふと、脳裏を過ったのは──アゲハと若葉が、薄明かりの灯る部屋でまぐわっていた光景。
……僕も、知らなかった。
アゲハと若葉が、そんな主従関係にあったなんて。
「本当は、こんな事許されないと思ってた。頭の片隅では、ずっと警鐘を鳴らしていたんだ。ずっと……」
「……」
「でも……できなかった」
苦しそうに。
瞳を揺らしながら吐露するアゲハが、僕をちらりと見た後、顔を背ける。
「……これ以上……
さくらを、失いたくなかったから」
近親相姦──若葉の命令だったとはいえ、兄弟の一線を越えてしまった。
首元に残る、手術跡。
それでもアゲハは……僕の為に──
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