31 / 44
第31話 *
×××
……さくら……
遠くから聞こえる、優しい声。
まるで、風に靡く白いベールのように光がちらちらと輝き、そこから現れた手が、僕の頭を優しく撫でる。
さくら……
……大丈夫だよ……
心配しないで……
さくらは、──が守るから……
ハッとして目が覚める。
と同時に、手足の輪郭に沿って意識が流れ込み、それまで感じていた声や温もりが……ふわりと消えていく。
「……」
柔い光に包まれた、明るい室内。
カーテン越しに注がれる陽光が眩しくて。ベッドに横たわったまま、光を遮るように片腕を額に乗せる。
……ゆめ……?
ふわふわと、微睡みの中にいる感覚が拭えないまま、そっと目を閉じる。
ふぅ…、と細い息をゆっくりと吐けば、まだ微かに残る感触に意識を奪われていく。
……懐かしい、感じがした……
温かくて、優しくて……僕の好きだった頃の、アゲハの手に似ていて……
「……」
額に当てていた腕を退かしながら、窓に背を向けて寝返りを打つ。
思い返せば、アゲハはいつだって優しかった。
僕がまだ、未就学児だった頃──
小学校から帰ってきたアゲハが、図書室で借りてきたという本をランドセルから引っ張り出し、泣きじゃくる僕に読み聞かせてくれた。
平日の昼間。母と二人で過ごす家の中は恐怖でしかなく。いつヒステリックになるか解らない母の顔色を窺いながら、身を潜めるようにして過ごしていた。
そんな僕を、アゲハは気に掛けてくれていたんだと思う。
帰ってきて早々、子供部屋の隅っこで踞る僕の隣に座り、笑顔を浮かべながら児童本を読んでくれるアゲハは、僕にとって太陽みたいな存在だった。
……そっか……
あの時はもう、おばあちゃんは亡くなっていたんだっけ……
ふと思い出されたのは、しめやかに執り行われた、おばあちゃんの葬式会場。
『随分と冷めた子だ』『あれが例の子か』『ヒソヒソ、ヒソヒソ……』
集まった親戚から向けられる、訝しげな視線。奇異の目。直ぐ傍で飛び交う、心無い言葉の数々。心細さと悔しさで震え、固く握り締めた僕の手を、隣に立つアゲハがそっと握ってくれた。
……大丈夫……
大丈夫だよ、さくら……
ともだちにシェアしよう!

