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第31話 *

××× ……さくら…… 遠くから聞こえる、優しい声。 まるで、風に靡く白いベールのように光がちらちらと輝き、そこから現れた手が、僕の頭を優しく撫でる。 さくら…… ……大丈夫だよ…… 心配しないで…… さくらは、──が守るから…… ハッとして目が覚める。 と同時に、手足の輪郭に沿って意識が流れ込み、それまで感じていた声や温もりが……ふわりと消えていく。 「……」 柔い光に包まれた、明るい室内。 カーテン越しに注がれる陽光が眩しくて。ベッドに横たわったまま、光を遮るように片腕を額に乗せる。 ……ゆめ……? ふわふわと、微睡みの中にいる感覚が拭えないまま、そっと目を閉じる。 ふぅ…、と細い息をゆっくりと吐けば、まだ微かに残る感触に意識を奪われていく。 ……懐かしい、感じがした…… 温かくて、優しくて……僕の好きだった頃の、アゲハの手に似ていて…… 「……」 額に当てていた腕を退かしながら、窓に背を向けて寝返りを打つ。 思い返せば、アゲハはいつだって優しかった。 僕がまだ、未就学児だった頃── 小学校から帰ってきたアゲハが、図書室で借りてきたという本をランドセルから引っ張り出し、泣きじゃくる僕に読み聞かせてくれた。 平日の昼間。母と二人で過ごす家の中は恐怖でしかなく。いつヒステリックになるか解らない母の顔色を窺いながら、身を潜めるようにして過ごしていた。 そんな僕を、アゲハは気に掛けてくれていたんだと思う。 帰ってきて早々、子供部屋の隅っこで踞る僕の隣に座り、笑顔を浮かべながら児童本を読んでくれるアゲハは、僕にとって太陽みたいな存在だった。 ……そっか…… あの時はもう、おばあちゃんは亡くなっていたんだっけ…… ふと思い出されたのは、しめやかに執り行われた、おばあちゃんの葬式会場。 『随分と冷めた子だ』『あれが例の子か』『ヒソヒソ、ヒソヒソ……』 集まった親戚から向けられる、訝しげな視線。奇異の目。直ぐ傍で飛び交う、心無い言葉の数々。心細さと悔しさで震え、固く握り締めた僕の手を、隣に立つアゲハがそっと握ってくれた。 ……大丈夫…… 大丈夫だよ、さくら……

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