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第30話
「……」
何だろう……この感覚。
懐かしいような、恋しかったような……
胸の奥にある鉄壁がガラガラと崩れ、剥き出された粘膜の如く、弱い精神 が曝け出される。
それが酷く不安で。落ち着かなくて。
細い息を僅かに吐き出し、やっとの思いで絡んだ視線を外す。
「……」
口を開きかけて止める。
じくじくと疼く、剥き出しの心。
それでも……
若葉の思惑だったとはいえ。誘われるがままに居候をし、何となく生温い日々を過ごしていた頃──アゲハは、地獄のような毎日を過ごしていた。
竜一との穏やかな生活を突然奪われ、裏社会の闇に引き摺り落とされた時も──同じように囚われ、僕とは別の何処かに監禁されて……
そう思ったら、これ以上背ける事なんて……出来ない。
「……僕も」
伏せていた睫毛を天に上げ、真っ直ぐアゲハを捉える。
その僅かな動きの間に涙が滲み、視界が歪んでいくのが解った。
「僕も……アゲハとまた会えて……良かった……」
この気持ちは、本当だよ……
アゲハの首が裂かれる光景が思い出される度に、生温かい血飛沫が顔に掛かる感触が蘇る度に……胸が苦しくなってた。
囚われている間──アゲハが今どうしているのか、気になってた。
もう一度、お兄ちゃんに会いたいと願ってた──
「……嬉しいな。さくらにそう言って貰えて」
僕の横髪を掻き上げた手が優しく肌上僕の頬を包み、目頭の下に当てた親指を下瞼に沿ってゆっくりと拭う。
濡れ広がる感覚がし、初めて涙が零れていた事に気付く。
「……ごめんね」
真っ直ぐ向けられるその眼差しに、心が柔らかく締め付けられる。
切ない程苦しいのに……嬉しくて。
いつの間にかできていた蟠りが、嘘のように消え去ろうとしている。
「ごめんね……お兄ちゃん」
やっとの思いで、心の奥底にあった感情を吐露する。
苦しくて……上手く呼吸が出来ない。
じりじりと痺れる脳内。
瞳が揺れる度、涙が溢れて止まらない。
その涙を、もう一度下瞼をなぞった親指が攫う。
「……大丈夫だよ、さくら」
ふわっ、
アゲハの爽やかな匂いと共に、包まれる温もり。
「大丈夫だから……泣かないで」
後頭部に手を添え、自身の肩口へと僕を誘い込む。
あやすように髪を撫でる優しい手。
剥き出しの柔らかな心が、幼い記憶を引き連れてくる。
「……うん」
縋るようにアゲハの袖を掴みキュッと目を瞑ると、あの懐かしい匂いが僕の中に広がっていった。
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