30 / 44

第30話

「……」 何だろう……この感覚。 懐かしいような、恋しかったような…… 胸の奥にある鉄壁がガラガラと崩れ、剥き出された粘膜の如く、弱い精神(こころ)が曝け出される。 それが酷く不安で。落ち着かなくて。 細い息を僅かに吐き出し、やっとの思いで絡んだ視線を外す。 「……」 口を開きかけて止める。 じくじくと疼く、剥き出しの心。 それでも…… 若葉の思惑だったとはいえ。誘われるがままに居候をし、何となく生温い日々を過ごしていた頃──アゲハは、地獄のような毎日を過ごしていた。 竜一との穏やかな生活を突然奪われ、裏社会の闇に引き摺り落とされた時も──同じように囚われ、僕とは別の何処かに監禁されて…… そう思ったら、これ以上背ける事なんて……出来ない。 「……僕も」 伏せていた睫毛を天に上げ、真っ直ぐアゲハを捉える。 その僅かな動きの間に涙が滲み、視界が歪んでいくのが解った。 「僕も……アゲハとまた会えて……良かった……」 この気持ちは、本当だよ…… アゲハの首が裂かれる光景が思い出される度に、生温かい血飛沫が顔に掛かる感触が蘇る度に……胸が苦しくなってた。 囚われている間──アゲハが今どうしているのか、気になってた。 もう一度、お兄ちゃんに会いたいと願ってた── 「……嬉しいな。さくらにそう言って貰えて」 僕の横髪を掻き上げた手が優しく肌上僕の頬を包み、目頭の下に当てた親指を下瞼に沿ってゆっくりと拭う。 濡れ広がる感覚がし、初めて涙が零れていた事に気付く。 「……ごめんね」 真っ直ぐ向けられるその眼差しに、心が柔らかく締め付けられる。 切ない程苦しいのに……嬉しくて。 いつの間にかできていた蟠りが、嘘のように消え去ろうとしている。 「ごめんね……お兄ちゃん」 やっとの思いで、心の奥底にあった感情を吐露する。 苦しくて……上手く呼吸が出来ない。 じりじりと痺れる脳内。 瞳が揺れる度、涙が溢れて止まらない。 その涙を、もう一度下瞼をなぞった親指が攫う。 「……大丈夫だよ、さくら」 ふわっ、 アゲハの爽やかな匂いと共に、包まれる温もり。 「大丈夫だから……泣かないで」 後頭部に手を添え、自身の肩口へと僕を誘い込む。 あやすように髪を撫でる優しい手。 剥き出しの柔らかな心が、幼い記憶を引き連れてくる。 「……うん」 縋るようにアゲハの袖を掴みキュッと目を瞑ると、あの懐かしい匂いが僕の中に広がっていった。

ともだちにシェアしよう!