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第33話

「おはよう」 リビングに顔を出せば、ラフな格好をしたアゲハが、ダイニングテーブルに朝食を並べている所だった。 昨日の一件で縮まった距離。 だけど……時間が経って冷静になってしまうと、何だか気恥ずかしくて。 穏やかな表情で挨拶をするアゲハから、視線を外して俯く。 「……」 アゲハは、どう思っているんだろう。 窺うようにして、少しだけ視線を持ち上げてみれば、相変わらず優しい面持ちをしたアゲハと目が合った。 「座って」 「……」 「いただきます、しようか」 椅子を引いて席についたアゲハが、背筋を伸ばして手を合わせる。 「……うん」 こくんと頷き、相向かいの席に腰を下ろす。 『──続いては、こちらっ!』 つけっぱなしのテレビから流れる、朝から元気な情報番組。バレンタインが近いからだろう。その話題を、柔やかな表情を浮かべた女子アナ達が楽しそうに会話を繰り広げている。 「いただきます」 アゲハの声がし、テレビから其方に視線を移す。首元にある手術跡。それが視界の中心に大きく映り、思わず目を背ける。 「……」 あれ…… いつも感じる嫌な感覚が……ない。 『これは、名誉の負傷だよ』──ふと脳裏を過る、アゲハの台詞。 抱き締められた時の温もりが蘇り、夢で聞いたあの声をも連れてくる。 怖ず怖ずとアゲハに視線を戻せば、それに気付いたんだろう。器用に目玉焼きの端を箸で切っていたアゲハが、不意に視線を向ける。 「どうか、した?」 「……ううん」 咄嗟に首を横に振り、手前に置かれた箸を持つ。茶碗に手を添え、箸で摘まみ上げた少量のごはんを口に含む。 「……あ、そうだ。 今日は午後から、雑誌の撮影とインタビューがあるから……帰りが遅くなるかも」 言い終わると同時に、切った白身部分を口に入れる。 「ん……」 雑誌の撮影と取材──僕がここに引っ越してから、多分初めてかもしれない。 あんな事件があって。その後も、犯罪に巻き込まれて。活動自粛どころか、芸能界引退にまで追い込まれてしまったんじゃないかって……内心、心配してたから…… ……良かった。 ちゃんと、居場所があって。 「夕飯、作り置きしておくから。学校から帰ってきたら、先に食べてて」 「うん」 「リクエストは?」 「……え」 「食べたいもの、何かない?」 「……」 リクエスト……って…… そんなの、ないに決まって── 「……!」 ふと隣に感じる気配。 黒眼を横に向ければ、そこにいたのは──背の低い、小さな男の子の影。

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