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第34話

テテテテ…… 僕に気付く様子もなく、その少年が小走りする。 ふわりと風に靡く、柔らかな髪の毛先。上下に跳ねる頭がアゲハの脇で止まると、アゲハの二の腕を両手で掴む。 『……、ぎり……』 ゆさ、ゆさ、ゆさ…… その腕を揺さぶろうとするものの、少年の腕だけが動いて見える。 彼の、真っ直ぐアゲハを見つめる目──それは、寂しげに光を失いながらも、何処か強い意思を秘めていて。必死で何かを伝えようとするその意思だけは、僕にも伝わってくる。 「……」 ……なに、これ…… アゲハは、何も見えてないの……? まるで夢でも見ているかのような、妙な感覚。 脳みそを握り潰されるような……頭の中を、金属の棒でぐちゃぐちゃと掻き混ぜられてるような……鈍くて重い、嫌な痛み。 『……っぱい、おじぎり』 「すっぱい……おに、ぎり……?」 僅かに唇を動かし、少年が発したであろう言葉を紡ぐ。 すっぱい、おにぎり……って…… ──キーン、 僅かに劈く鋭い耳鳴り。 ハッと我に返ると、アゲハの腕を揺さぶっていた少年が、黒い霧と化して消えていく。 「……え……」 驚いた声を上げたのは、アゲハの方だった。 それに驚いて視線を向ければ、僅かに見開かれた二つの眼が、懐かしむように細められる。 「……覚えて、たんだ……」 真っ直ぐ僕を見つめる、綺麗な双眸。 瞬きをする度に、キラキラと輝きを増していく。 だけど、それはほんの束の間で。瞬きを重ねていくにつれ、次第に憂いの色を帯びていき……少しだけ伏せられた眼が、寂しげに揺れる。 「……」 覚えてた……って。 ……なんの、こと……? 聞きたいのに……聞けない。 聞ける雰囲気じゃない。 胸の奥深くにできた、深くて暗い大きな空洞。そこから不穏な感情が押し上げてくるような……何とも嫌な感覚。 「そっか……」 僕から視線を外し、何処か遠くを見つめていたアゲハが、誤魔化すかのように口角を少しだけ持ち上げる。 「……わかった。作っておくよ」 見えない壁。 広がる心の距離。 僕を置いてけぼりにして。全てを悟ったような顔をして。                                 

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