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第41話
ノブを下げ、僅かに開いた隙間からドア向こうを覗く。
しかし、聞こえた筈の足音は既に無く、辺りに人気も感じられない。
「……」
音を立てないよう部屋から抜け出し、慎重にドアを閉める。潜める息。フローリングの上を滑るようにして、リビングへと向かう。
パチン、
壁のスイッチを入れ、リビング全体をパッと明るく灯す。
……いない……
ホッと息をつくものの、音の正体が解らず……有耶無耶になってしまった事に、もやもやとしたものが残る。
「……」
ダイニングテーブルに置かれた、ラップの掛かった小振りのおにぎり。
添えられたメモ用紙が目に付き、徐に拾う。
〈おかえり。
今日は学校、どうだったかな?
おかずは冷蔵庫に仕舞ってあるよ。
それから、味噌汁も作っておいたから。温めて食べてね〉
……綺麗な字。
久しぶりに見たアゲハの字は、何処か懐かしささえ感じる。
『……そっか。
それじゃあ、お兄ちゃんが代わりに書いておくね』
まだ低学年の頃──学校に提出する書類を、母に書いて貰えなくて。しゅんとしていた僕を宥めながら、大人のような綺麗な字で書いてくれたんだっけ……
「……」
思い返せば、アゲハはよく僕の親代わりをしてくれた。
アゲハが卒業してから、母は小学校の行事に一切の関わりを持たなくなってしまったから。
土曜参観。三者面談。運動会。音楽発表会。その他、諸々……
そんなアゲハが、僕は好きだった。
みんなが憧れ、誰からも愛されるアゲハの弟で良かったと、心の底から思っていた。
最初のうちは。
「……」
握っていたジュエリーボックスをポケットに仕舞い、メモ用紙をテーブルに戻す。椅子を引いて座ると、長方形の皿を持ち上げラップを外す。
隙間無く海苔が巻かれた、二つのおにぎり。右端のそれをひとつ取り、少しだけ囓る。
……懐かしい味……
アゲハに、おにぎりを作って貰った記憶なんて……ないのに……
俯いた瞳が零れる、大粒の涙。
ぽちょん……
音を立て、僕の中に広がる精神の水面に落ちる。
その瞬間、水面から浮き上がる王冠。崩れ落ちた後、再びひとつになって跳ね上がる雫。それが沈むと同時に現れる、波紋──
……え……
なんで……僕、泣いて……
濡れた頬に触れ、折り曲げた指の背で下瞼を拭う。
だけど……次から次へと涙が零れ、全てを拭いきれそうにない。
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