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第18話
「……」
クシャ…、と見学届を強く握り締め、職員室のドアを開ける。
冷たい廊下へと逃げていく、弛んだ温い空気。少しだけざわついた職員室内、忙しない女性教師が、足早に目の前を通り過ぎていく。その奥に見えたのは、デスクに張り付く男性教師。二人の生徒がその脇に立ち、何やら話し込んでいる。
ガヤガヤ、ガヤガヤ……
視線を窓際のデスクへと移せば、白地に小豆色の差し色が入ったウインドブレーカーを羽織っている、ガタイの良い教師の背中が見えた。
「……棚村先生」
背後に立ち、怖ず怖ずと声を掛ける。と、椅子の背もたれに身体を預けた先生が、キィッと不快な音を立てながら椅子を半回転し、僕の方に身体を向ける。暑苦しい笑顔と一緒に。
「おぅ、工藤か!」
「……」
「どした。……ん、また見学か?」
喉に異物でも詰まったかのような、ガラガラとした濁声。視線を下げた先生が、僕の手から見学届を奪い取る。
「うーん……、入院してたっていってもなぁ。別に、持病がある訳じゃあねぇんだろ?」
「……」
「それに。弱った精神を鍛えるには、運動は不可欠だ。少しは身体を動かさねぇと、体力も付かねぇ、……ぞっ!」
頭の天辺から足の爪先まで。僕の身体を舐めるように見た後、背もたれから上体を起こし、僕の臀部をバンッと叩く。
白シャツの丸襟から覗く、剛毛な胸毛。浅黒い筋肉質な肌。太い首。不精髭。
ねっとりと絡み付く、熱い視線──
「……」
別にこの人は、僕をそういう目で見ている訳じゃない。そう思い直すものの、本能的に嫌悪感を抱いてしまう。
『キモイ』『棚村にだけは、絶対触られたくない』──クラスメイトの女子達が、口々にそう漏らしていたのを思い出す。
無理もない。男性ホルモンの塊のような体格と、むさ苦しい雰囲気。おまけにおじさん臭も加わり、ギトギトした本能的な雄の匂いまでする。
「──工藤」
軽く頭を下げ、踵を返そうとする僕を、片手を上げた棚村が呼び止める。
「そういえばお前、体操服はどうした? まだ着替えてねぇじゃねぇか」
見学届を机上に放った棚村が、自身の両膝をパンと叩きながら僕の格好を指摘する。
「……その……忘れてしまった、みたいで……」
「そうか。他に貸してくれそうな奴はいないのか?」
「……」
「じゃ、ちょっと待ってろ」
そう言って、デスクの一番下の引き出しを勢いよく開ける。
「……ああ、そういや昨日、一年に貸し出したんだった。
うーん……なら、先生のジャージでも羽織っとくか」
貸出用の体操服が無い事に気付くと、着ていたジャージを脱いで寄越す。
「……」
手渡されたそれは、まだ先生の温もりが残っていて。襟口からは、脂汗の混じった棚村の体臭が鼻についた。
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