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第43話 バレンタイン
×××
「……この方程式は、まずカッコを外し──……」
教卓の前に立ち、数学の専任教師がテストの問題を解説をしながら答え合わせをする。
✓マークばかりの答案用紙は、見事に白紙で。先生の話を聞こうとするものの、基礎知識力がないせいで右から左へと抜けてしまっている。
頬杖を付き、窓の外を眺める。
相変わらずの高い空は、何だか寂しそうで。並んで飛んでいく二羽の冬鳥を、恨めしそうに見下ろしているように見えた。
「……」
昨日──
おにぎりを食べてからの記憶が、殆どない。
涙が止まらず、解放された筈の恐怖に怯えながら、ダイニングテーブルに顔を伏せた所までは覚えてる。
だけど……その後は酷く曖昧で。ノイズが走る古いビデオテープのような、そんな記憶しかなくて。
あれからどうやって過ごしたのか。どうやって寝付いたのか。思い出そうとする度に、ツキンと頭の中を刺すように痛む。
でも……あれだけは覚えてる。
おぼろ気ではあるけれど、ベッドの中で感じた出来事だけは。
「……うん、わかった」
掠れたような声が微かに聞こえ、眠りの深海から波打ち際へと、引っ張られていく意識。
「ありがとう。……また、連絡する」
パタンとドアが閉まり、遠ざかっていく足音。
薄く瞼を持ち上げれば、灯りの消えた天井が見えた。
「……」
一体、誰と話していたんだろう。
事務的な話し方だったけど、知らない間柄の人とではなさそうで。僕の部屋にいた事よりも、そっちの方が気になってしまった。
もしかしたら……
淡い期待が、心を僅かに弾ませる。
あれだけ重苦しかった呼吸が、何だかし易い。
今すぐ飛び起きて、アゲハに尋ねてみたいのに。気持ちに反して、身体は酷く重くて……
──結局、何もできなかった。
「おはよう」
朝──
リビングに顔を出すと、ご飯の支度をしていたアゲハが声を掛ける。
いつもと変わらない日常。
いつもと変わらない、アゲハの爽やかな笑顔。
「……」
まるで、何事もなかったかのような雰囲気。疑いようのない表情。
唯一覚えていた出来事でさえ、夢だったのではと錯覚する程、奇妙な感覚。
あの時感じた胸の高鳴りさえ、ちゃんと身体が覚えているというのに。萎んでいく風船のように自信を失い、尋ねたかった言葉を飲み込む。
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