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第43話

××× ……、ら…… さくら…… 「さくらっ!」 ゆさゆさと大きく身体を揺さぶられたかと思うと、暗い水の底から引きずり上げられるような感覚に襲われる。 声に導かれ重い瞼を持ち上げれば、 ぼやけた視界に映ったのは──僕の顔を覗き込む、アゲハ。 「……さくら、大丈夫か?!」 必死に問い掛けられ、混濁していた意識が鮮明になっていく。ぴくんと跳ねる指先。軽く動かした後、浅い息を吐く。 「ここ、は……?」 瞬きもせず、ゆっくりと視線を動かす。 「リビング、だよ」 僕の上体を抱きかかえていたアゲハが、苦しそうに答える。 「一体、何があったんだ。こんな……冷たくなって」 指の背で僕の頬を撫でた後、思い詰めたように僕を強く抱き締める。 床に落ちた皿。 転がった、食べかけのおにぎり。 ……そっか。 あの後、気を失って……床に倒れたんだ。 「……」 火傷しそうなほど熱いアゲハの体温。その熱が、冷え切った僕の血流を促し、ひとつひとつの細胞に溶け込んでいく。 不思議。全てが悪い夢だったような気さえしてくる。 突然現れた、幼少期の僕も。 腹の底を突き上げるような、鈍くて鋭い痛みも。 ──なのに、何でだろう。 底冷えするみたいに寒くて……怖い。 震えが……涙が溢れて、止まらない── 思い……出したく、ない。 ───怖い。 助けて。 「……おにい、ちゃん……」 縋るように。アゲハの背中に手を回し、必死で布地を掴む。 ふわりと鼻を擽る、アゲハの匂い。 優しい匂い。 幼い頃に感じていた、唯一の居場所。 「ごめん。……ごめんな、さくら」 喉奥から絞り出すような声が、切なく響く。 「お兄ちゃんが、もっと……早く──」 僕の後頭部を手のひらで包み、自身の肩口へと引き込む。その首筋には──縫合された手術跡。 「これからは、さくらを一人にしないから。仕事も調整して、傍にいるから……」 「……」 違うよ……アゲハのせいじゃない。 悪いのは、僕だ── そう言いたいのに、上手く言えなくて。小さく首を振って否定する。 「ごめんな」 僅かに震える、今にも泣き出しそうな声。 後頭部に当てられたアゲハの手がそっと撫でる。まるで、壊れ物にでも触れるかのように。 ……大丈夫。 お兄ちゃんが、傍にいるから。 遠い昔に聞いたアゲハの声が、脳裏の奥に優しく響いた気がした。

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