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第44話

「……」 ──聞けなかった。 アゲハの:ホスト時代(過去)を知ったからこそ、余計に。 事を荒立てたくない。平穏に過ごしたい。 アゲハが言わないなら、僕は気付かない振りをするだけ。少なくともあと一年は、一緒に暮らしていくんだから── チャイムの音がし、日直が号令を掛ける。終わった途端、騒がしくなる教室内。 教科書を閉じながら再び窓の外を眺めれば、飛んでいた筈の2羽の冬鳥は、いつの間にか何処かへ行ってしまっていた。 * 「はい、これ!」 「……あっ、私も!」 「私も!」 玄関で靴を履き替えていると、ガラス戸の向こうが何やら騒がしい。 群がる女子集団。その中心には──清井。 「奏仁の奴、スゲぇな!」 「想像はしてたけど、やっぱエグいって……」 後から来たクラスメイトの男子達が、外の様子を見ながら靴に履き替える。 「あーあ。誰か俺にもチョコ、くんねーかなぁ」 怠そうにぼやきながら、鞄を持つ手を肩に掛け、玄関のドアを開けて出て行く。 チョコ…… そう言われて、初めて今日がバレンタインだと気付く。 餌に群がる鯉の如く、騒がしい女子達。次々と差し出されるチョコに、困惑しながらも受け取る清井。 「……」 アゲハも、こんな感じだったのかな…… 先に出た二人組の男子に続き、その集団を横目で見ながら通り過ぎる。 捨てられると解っていながらも、断れずに受け取っていたアゲハは、どんな気持ちだったんだろう…… 「あっ、工藤くん!」 僕に気付いたらしい清井が、爽やかな笑顔を浮かべながら此方に手を振る。 「一緒に帰ろう!」 この場を早く離れたい──笑顔で内面を隠してばかりいる清井が、垣間見せた感情。 清井の言葉に、まだ受け取って貰えていない女子達が、恨めしそうに僕を見る。 「……」 もし、そこに居るのがアゲハだったら…… 想像したせいか。僕に助け船を求める清井に、一瞬、アゲハの面影が被る。 「えー、帰っちゃヤだ!」 「私のも受け取ってよ」 逃すまいかと押し迫る、女子集団。 囲い込み、視界から清井を隠す。 「……」 首に巻いた大きめのマフラーを掴み、口元を隠す。 別に、どうだっていい。 清井がどうなろうと、僕には関係ないんだから。

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