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第57話

「……」 今までなら、簡単に踏み入ったりなんかしてこなかった。 何か思う所があったとしても、腫れ物にでも触れるかのように接してきていた。 もし、今でもそうだったとしたら……このまま封印してしまいたい。 僕の口からあんな事、話したくもない。 ……でも。きっとそれじゃ、いけないんだよね。 ちゃんと話さなくちゃ、なんだよね。 兄弟仲良く、する為に── 「入院中……」 やっとの思いで視線を外し、小さく唇を動かす。 「僕の病室に来てくれてたカウンセラーの人は、とても親身になってくれたけど。 今日会ったカウンセラーは……ちょっと、酷くて」 「……」 「僕が、アゲハと……性的な関係を持っている、って……思ってて」 ──パシャ、パシャパシャッ フラッシュが焚かれる中、首に包帯を巻いたアゲハが記者団に向かって頭を下げる様子が、脳裏に映る。 あの時──熱狂的なファンに待ち伏せされ切りつけられた、と報道されていたけど。一部ネットでは、樫井秀孝の被害者Eが、兄のアゲハに迫った挙げ句、拒否された腹いせに切りつけたらしい、と騒がれていたとか。 恐らく、その情報を読んで鵜呑みにした一人だったんだろう。 『工藤さーん』 退院前検査で、初めてカウンセリングを受ける時だった。 看護師に呼ばれて診察室のドアを開くと、僕の病室に顔を出してくれる先生ではない事に気付く。 木製の応接ソファ。乳白色のカーテン。そこから溢れる陽光を浴びた観葉植物の葉が、プラスチックのようにキラキラと光を反射する。 『……どうぞ、座って』 広げたカルテの前に座っていたのは──恰幅の良い精神科医。 何処となく、ふわふわとした掴み所のない雰囲気を漂わせながら、オタマジャクシを貼り付けたような小さな目を更に細める。 驚きと戸惑いを隠せないまま入室し、ソファに腰を下ろす。 『カウンセラーの川村です。 まだ経験が浅いので、僕自身も勉強させて貰えたらと思ってます』 『……』 『それで……何か困った事や、聞きたい事はあるかな?』 首からぶら下げた名札を抓み上げて僕に見せると、人当たりの良さそうな笑顔のまま砕けた口調で問い掛けてくる。 『………いえ』 『確か今、お兄さんと二人暮らしをしてるんだよね』 『……』 『どう? 新しい生活は』 テーブルに並べたカルテには目もくれず、此方に視線を固定したまま口元だけが動く。 まるで喋る人形。穏やかな話し方にも関わらず、声に感情が伴っている感じが全くしない。

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